戯(げぇむ)

地面がぐちゃぐちゃになって、半ば溶けた雪の道を走る。

ぱしゃぱしゃと、地面を蹴る様に走るから、裾に冷たい泥が付着するが、関係ない。

再度、スマホを確認する。その内容を確認して、俺は目的地へと急いだ。

幸いにも、現在位置は都心だった。目的地は其処から走れば十五分程で到着する。


多少、荒っぽく行動するかも知れないが、大丈夫、問題はない。

そう思っていた矢先だった。俺の目の前に、何やら柄の悪い、藍色のブレザー服を着込んだ学生たちが歩いている。

明らかに俺にメンチを切っていた。なんだコイツら。


猿が突然唾を吐きつけて来た様な嫌悪感と憎悪が沸いたが、事を荒げる必要も無いので、俺は穏便に済まそうと、その二人から離れる様に、歩道の線を越えて車道に足を踏み入れる。


そして、そのガラの悪そうな野郎の一人が、歩道の白線を越えて車道を走る俺の方へと突進して来た。


「あ?」


思考を加速させる。すると思考とは反比例して、周囲の速度が低下していく。

思考を加速すれば加速する程に、考える速度が上がり、必然的に周囲がスロースペースになっていくのだ。


まあ、今、俺の脳のスペックの話は良い。

問題はコイツだ。俺の方に向かって来やがった。

何やら手をポケットに入れていて、肩で風を切る様に此方へと向かってきている。

俺に当たろうでもしているのだろうか、触れるだけでもストレスだ。


因縁を吹っ掛けられる前に、俺はその男の行動を注視しながら、回避する事に決める。


「『おいてめ――、ぇあ?」


俺に当たろうとしてきた奴は、一瞬俺が視界から消えた様に見えただろう。

俺は奴の視線の死角に入る様に移動しただけだから、奴にとっては俺が消えた様に見えた筈だ。


首を左右に振って、何処に行ったか探す。

すでに俺が後ろに居るのだが。


「あ、後ろだ、後ろッ」


ブレザーの男の一人がそう言って俺を指差した。


「あ、」


俺にぶつかって、何をするつもりだったんだろうか、奴らは。

まさか、昔ながらのワザとぶつかって慰謝料を要求する、アレでもしようとしていたのだろうか。

…まさか、バカバカしいだろう、そんなのは。


「い…『痛ってぇ!腕折れたぞこっれぇえ!!』」


…おい、あいつ。

俺はぶつかって無いのにぶつかった事にしたぞ。


「『やべぇヤベッテ!、腕、オレテルヨォ!!』えっと…『医者を量で呼べぇ!!』」


「あっちゃん違うッ!『慰謝料』だからッ!」


「あ、『イッシャリョウ寄越せやボゲェ!!』」


新手の詐欺か?

俺は一度止まって奴らのコントでも見てやろうと思ったが、そんな事に時間を割く事は人生にとっての汚点だと思ったので走って逃げる事にする。


「いってぇえ!待てやコラァ!!『医者を呼べェ!!』」


「あっちゃん慰謝料ォ!!」


おい、腕が折れた奴が腕をぶん回しながら全力疾走して俺の方に近づいてやがるぞ。

なんなんだよ、オイ。



俺は振り向いて苛立ちを隠せないままに奴らの方に向く。

息を切らしながら、二人組が膝に手を突いていた。


「要件はなんだ?金か?」


「あ?はぁ…はぁ…ちょ、三分待って…」


指を一本立てて三分待てと言っている。ボクシングの1ラウンドか?


「すぅ…はぁ…えっと…『テメェ金払えやぁ!!払えねぇんなら、体で払ってもらうけんのぉ!!』」


メモ用紙を見ながら啖呵を切る。

恥ずかしくないのかそれ。


「俺が何をしたんだよ…」


此処は冷静にそう言う。

基本的に俺は人間が嫌いだが、事を荒げる様な荒々しい人間ではない。

人間、なるべく話せばわかり合えるだろう、と言う甘い考えは持っている。


「知らねぇよ!最初に喧嘩吹っ掛けろってシンドバッドさんに言われてんだよ!!」


…あ?なんだお前ら、諫の回し者か?


「アイツに関連するのなら…遠慮しねえぞ俺は?」


指の骨を鳴らす。

上等だ、喧嘩が好きなら買ってやる。

そして、数秒で片を付けた。


「やっべぇ…やっぱトライデントの一角は半端じゃねぇ…」


地面に転がる二人組が不名誉な事を呟いていた。


「黙れ、二度と俺をトライデントなんて呼ぶんじゃねぇ」


「えっと…一応は、試験合格ってワケで…どうぞ、これ」


ボロボロになった二人組の一人が、俺に向けてスマホを渡す。


「…あ?通話中?」


見れば、既に通話状態になっている。

俺はスマホをひったくると、自らの耳に近づけた。


「おい、お前、諫か?」


『諫じゃねぇ、シンドバッドだ』


あぁ、諫誘だ。

こいつ、子分を使って一体何をしようとしてたんだ?


『どうやら、雑魚Aと雑魚Bを倒したようだな』


「教育がなってねぇぞ、お前ん所の雑魚は」


いきなり喧嘩をしてくるなんて、監督不行き届きじゃねぇかよ。


『ハッハァ!いや、これはむしろ、教育がなっていると言っても良いな。何故ならば、スノーマンに喧嘩を売れって言ったからな』


監督失格だお前は、降格して三軍からやり直せ三流。


「何の為にこんな真似をした?」


『あぁ、新しいイベントでも始めようと思ってなぁ…だからお前にも手伝ってもらうぞ』


イベント?お前、今度は何をするつもりだ。

前回はトーナメントを開くとか言ってたな。

当然俺が参加してたが、当然俺は不参加だったが。


「俺は関係ないだろ」


『残念、もう契約はまだ続いてるぜ、昨日のバトルからなぁ』


なんだと?馬鹿な事を言うなよ。

俺はこめかみに人差し指を添える。昨日の事は鮮明に覚えている。


「お前、あの時一戦すれば良いって言ってただろ」


『あぁ、一戦。勝ち負けに関係なくと言った。その意味は分かるか?勝っても負けても意味が無いんだ。一戦するだけだから…この一戦は、一回と言う意味じゃないんだよ、いち戦争に関わって貰うって意味の一戦だ』


頓知か?頭を丸めて出家して来い。


「契約は無効だ。つか、もう財布は見つけてる」


『そうか良かったな、契約は無効でも約束は絶対だぜ?必ず参加して貰うからな、それでも嫌なら、ゲームに勝てよ』


ゲーム。

コイツが中退して、『ヴァンプ』の王になってからと言うもの、常に刺激を求めている中毒者だ。

一人で遊ぶのなら俺も文句は言わない。俺に関わらないのなら勝手にやってろ。

だが、コイツは俺を巻き込もうとしてるから始末が悪い。


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