虐(まぞ)
「封印されてたのは、私を含めて十体程で…どんな怪異かは、分かんないけどね」
怪異、怪異…か。
俺は、この女を、いや、その元々の意味合いを、怪異と呼ばれる存在がどういったものであるのかを、説明を求めた。
「怪異ってのは、一体なんなんだ?」
零戸はポリ袋の中から衣服を取り出した。
ピンク色の下着を取り出すとすらりと滑らかな臀部にフィットさせる。
今度は黒タイツを取り出して指先が動くと共に、彼女の真っ白な肌は一気に黒へと染まっていった。
「怪異はね、突き詰めたら、…噂かな?」
噂。
彼女はそう言って、尻を突き上げると共にタイツを腰元まで伸ばした。
前屈みになるので、彼女の胸部が垂れたが、興奮する事はなかった。
それ以上に、話の内容に真剣だったのだ。
「噂?…言葉が広まる、あれか?」
そうそう、と言いながらブラジャーを着ける。
「そう、怪異と言う存在は、仮想で、存在しないものに、存在したと言う偽証をする事で生まれる架空生命体。怪異はね、昔の人が現象を証明出来ないから、代わりにこう言う生物が悪さをしている、と言う架空現象の偽証をする事で、説明が実態を作り、噂がさも存在しているかの様に語られ、世界がその存在を誤認して生まれる。それが怪異なの」
世界。つまりは観測する側が、誤認識をした事で生命体として誕生したのが、怪異と呼ばれる存在なのか。
「キミが知り得る中だと…、都市伝説とかが、怪異みたいなもの。クネクネとか、八尺様とか、口裂け女とか、本当は存在しないのに、人から人へと語り継がれるから、だから、怪異が出現してしまう」
まるでその言い方だと、それら都市伝説も既に怪異として出現していると言っているようなものだが…、事実、既に出現してしまっているのだろう。
「お前は怪異なんだよな…、鵺。妖怪図鑑で見たことがある…、それは曰く、西洋で言うキメラの様な存在だろうが、なのになんだ、この能力は、お前の何処が鵺なんだよ」
猿の顔に鳥の翼、虎の脚や、その他、他の生物の肉体を持つ。それが鵺と呼ばれる存在。
鵺とは、複数の生物が融解したような存在であり、何かを取り込む、と言った怪異では断じてない筈だ。
「うーん、確かにそういう反応するよね、怪異と言う存在は、一部の人間には周知されてるんだけど。本当にヤバい怪異は、名称のみをそのままにして、別の内容を流して無かった事にするの」
あまりにも危険な話は、別の話にすり替える事で、怪異の流布を防ぐ為だと。
その話が本当であるならば、彼女はすり替えなければならない程に、凶悪で、危険であると言っているようなものだった。
「お前は一体、どんな怪異なんだよ」
「私?…鵺って言う漢字は、夜に鳥って書くでしょ?私の正体はね、夜鳥…夜そのもの。人は古来から闇に恐怖した。奥も底も見えない深淵に、人は何故、畏怖してしまうのか、その原因に夜鳥、鵺と名付けたの…そうして生まれた私は、全てを暗闇に、全てを取り込む鳥になった…私が物質を問わず同化出来るのは、闇が全てを飲み込む事から来ている…夜に啼く鳥が、私の正体…それが鵺と言う存在」
零戸澪織は、自身がどれほど危険な存在なのかを、衣服を着ながら答えた。
全て、万物を飲み込む闇。それが、零戸澪織と言う女の正体であると言う。
「まあ、安心して、さっきも言った様に、栄養源であるキミは傷つけない様にするし…全力を出したらこの体も壊れるから、無茶な真似はしないよ」
「…お前は人間なのか?怪異なのか?」
俺の質問に対して、零戸澪織は言う。
「私は、まあ、怪異で、人間に憑いている存在、かな?…尤も、この肉体の所有権は完全に私で、元の肉体に就いていた魂は、既に消滅してるよ」
消滅。
それは、死んでいると言う話なのだろうか。
だとすれば、何故死んでいるのか、気になる所だ。
この女が、いや、この怪異が殺したのだろうか。
「んへへ、違うよぅ。私は、死んだ体に憑いているだけ、元々この肉体は、ホスト紛いのチンピラが誤って殺したの…まあ、相手は全然気づいてなかったけど」
殺したって…あの、身なりが汚い男か。
そう言えば、あの男は一体どこに行ったのだろうか。
コイツと知り合いならば、今頃探しているのではないのか?
「大丈夫大丈夫、あれはもう飽きたから…一応、この肉体の魂は消滅してるけど、脳の記憶はちゃんとあるから、零戸澪織。二十一歳、専門学生。ホストに貢ぎ過ぎてソープに落ちた経験あり、現在は動画配信者として活動中、公論の末に殴られてテーブルの角に頭をぶつけて死亡後、私が肉体の所有権を手に入れたって感じかな?」
にこやかに、人生のどん底を笑いながら言うが全然笑い話になってない。
「色々と問題ありすぎじゃないか、その経歴は…」
大丈夫、と言いながら零戸がポリ袋に、シャワーを浴びる前に着ていた服を突っ込むと、それをホテルに供えられたゴミ箱に捨てる。
「ふぅ…これで良し、と。じゃあトージ。これからよろしくね?」
「…は?お前何言ってんだよ」
急によろしくねと言って手を出して来やがった。
ハンドシェイクでも欲していたのだろうか、何を考えてんだこの女は、この状況下で宜しくとその手を掴む筈が無いだろ。
「え?だって、もう一蓮托生でしょ?キミは私の栄養源で、ずっと傍に居てくれるんじゃないの?」
「頭がおかしいのか?脅迫紛いな真似されて、軽く事情を説明した末に一緒に居て欲しいなんて、余程の馬鹿だろ」
銃を突き付けてプロポーズする様なものだぞ。
無論、そんな状況に陥っても、俺は首を縦に振るつもりはない。
「んー…強情だなぁ…一緒にいてくれたら、この体を自由に使える権利があるのに…滅茶苦茶にしてぐちゃぐちゃにしても良いんだよ?」
自らの体を自らの腕で縛る様に抱き締める零戸。
「そういう趣味は無いんだよ…して欲しけりゃスプラッター趣味を持つ男に股を広げてろ」
中指を突き付けて、俺はスマホを取り出す。
スマホには、数件の連絡が入っていた。
「…あ?17時って、もう夕方かよッ」
連絡の内容を確認する。
連絡の相手は瑞美さんからだった。
『17時30分に、氷泉市の篠前町の家を訪ねて下さい。仕事内容は掃除です』
とだけ書かれていた。
そのメールは12時頃に通知されていた、残りのメールは、瑞美さんからの返事の催促だった。
「不味いな…早くいかないと」
「何処に行くの?」
お前の知らない所だよ。
思考盗聴されない様にメールの内容を忘れる。
再びホテルから出た時、改めてメールを見る様に心掛ける。
「お前に今更、何を言っても無駄だろうから言うが…くたばれ、クソ女」
そう言い捨てて俺は部屋から出る為にドアノブに手を掛ける。
俺の罵倒に対して、零戸は怒り、俺に攻撃を仕掛けて来るかと思えば。
「え、んへへ…へへ、それ、もっとちょうだい?」
顔を赤くして、興奮していた。
被虐主義のマゾ女めが、二度と俺に顔を見せるな。
脳内でそう言い切って俺は扉を閉めた。
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