昔(そのに)
吹雪だ。
俺の目の前には吹雪がある。
『大丈夫だ、大丈夫!絶対に助かるからなッ!』
必死になって、雪に穴を掘る、男性の姿が其処にある。
俺の体は冷たい、いや、部分的に暖かい。
『痛くないから…きっと助かるわ、大丈夫、心配しないで』
誰かが、俺の体を抱き締めていた。
それは、女性だった。
よく見ればそれは、母親だった。
雪を掘っているのは、俺の父親であり、今、俺たちは遭難していた。
『…あぁ』
分かっている。
これは、単なる夢だ。
両親が死ぬ、そんな夢の内容。
雪山で、俺たちは遭難した。
ただのスキー旅行をしていた俺たちは、誤って整備されていない、雪山へと入り込んでしまった。
俺は動けなかった。
遭難して、元の場所に戻ろうと、更に深い山の奥へと向かってしまい、俺は崖から転落したのだ。
両親が、俺を見つけたのは、まさに奇跡だったろう。
両足が折れて、片腕から骨が見える俺を抱き抱えながら、両親はなんとか、俺を生かそうと必死だった。
止まぬ吹雪。体温を奪う死の風。
俺たちは次第に凍えていく。必死になって作った雪のシェルターも、素人が作ったものだからあまりにも意味がない。
両親は俺を抱き締めて、体温を冷やさぬ様に温めた。
何時間も、何十時間も、俺を助ける為に体温を与え続ける。
俺は、凍死しそうだった。いや、救助された時には、既に俺は凍え死にそうな状態だった。
冷気のおかげで俺の脳味噌が凍傷を起こして、後遺症を残してしまった。
『大丈夫、だから、な…冬児』
『きっ、と…たすかる、か、ら』
そう俺を最後まで安心する様に声を掛け続けてくれた両親は、この事故で死んでしまった。
俺だけが生き残ってしまった。
当時の俺はそれを悔やんでいた。
怒りをどうすれば良いのか、誰に向ければ良いのか。
俺は俺を殺したいと思った、この怒りを俺に向けたかった。
死んでしまえば良かったんだ、俺は。
けど、そうしなかった。爺さんがそれをする事を拒んだから。
後悔はしている。俺が選択を間違えた。
だから両親は死んだ…、あぁ、それでも。
俺は、死の間際に奇跡を見た。
その奇跡を得た俺は、こんな俺でも、生きなければならぬと悟ったのだ。
奇跡。
それは、光だった。
無慈悲なまでの大自然。
荒れ狂う暴風の最中、人々は恐怖し、それを以て死を覚悟する。
けれど、嵐が去った時、曇天が晴れて、ささやかな体温が芽生える光が差し込む。
俺はそれを見た。
大自然の獰猛さと、その反面となる、大自然の慈悲を。
暖かな光が、どうしようも無く、死した両親と、俺を照らした。
俺は泣いた。両親が死んだよりも…その自然が美しくて泣いた。
そんな事を思い出すのに、俺は数年も掛かったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます