【嗅(におう)】


臭いがする。

とてつもなく、歪な臭い。

それは、人と人が混じり合い、人が発生させる毒ガスと、人が纏う化粧や香水の臭いと、人が吐き出した唾液や嘔吐物の様な臭い、人が好んで飲む様なアルコールやたばこの臭い。

どれもこれも、私の嫌いな臭い。

これを好き好んでいる人間がいると言う事実に私はどうしようも無い嫌悪感を覚える。

まさか、冬児さんは俗世の様な人間に染まってしまったのだろうか。

それは困ってしまう話だ。

生前の旦那様が願った様に、敬基冬児は幸せに、人間社会で生きて欲しいと言う願いを預かっている。


旦那様が死んでしまった今、それを実行する事が出来る人間は私しか存在しない。

彼の願いを叶える為に、私はまず、悪い風習を担う悪い人間から彼を切り離さなければならない。

その為にはまずは話し合いをするしかない。それで、冬児さんがそちら側へと歩みたいと言うのであれば、私はその原因を断つように努力する他無くなる。

あらゆる残虐な手を使ってでも、彼をまっとうな道に導かなければならない。


それが私の役割であり、唯一の使命であり、私が出来る、最後なのだ。


あぁ、しかし醜悪。なんとも気分が悪い。

彼の臭いが他の人間に犯されている。

衣服の何処を匂っていても、彼の臭いが消されている。

特に腕の部分。此処は強く、女の臭いがする。


発情している猿の様な卑下た臭い、劣悪で吐き気を催す。

この衣服はもう着れそうにない。後で燃やしておかなければならない。

もっと、強い彼の臭いが無いものか。

其処まで考えて下着に手を伸ばした時、私は今何をしているのか考えた。

これはいわゆる変態的な行為ではないのか。


傍から見れば、人が嫌悪感を催す様な行動に移っているのではないのか、私は私を勘繰り、客観視して考えてみる。

…しかし、これはあくまでも、彼をまっとうな道にする為に必要な行動ではある。

臭いと言うものは、人間の汗から発生する。汗とは体内の老廃物。その臭いや味は感情によって様々な臭いや味を発生させる。


これは彼がどういう感情を抱いているのか知る為の行動であり、私にとっては性的興奮を覚える行動ではなく、いうなれば保護者が子供の自慰を使う素材が健全であるかどうかを確かめる行動に過ぎない。


ならば、これは正当であり合法的で、合理的ともいえよう。

ならば、私の行動はなんら可笑しくはない。


衣服を掴む。臭いが俗世に溢れているもの以外は全て燃やし、人としての臭いが残っているものは後で洗濯をしましょう。


そう頷いて、私は衣服を持って、脱衣所から出て行った。

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