喋(はなす)
「なんでお前、此処に来てんだよ」
諫が椅子に座る。
白と黒のモノクロのチェアだが、その上には女性の下着が置かれていて、それに対して気にする事も無く上に座る。
「頼みがあったから来たんだよ」
俺は椅子に座る気は無かった。
座ったら病原菌が移りそうだと思った。
同じように椅子に座る白蜜がおいでおいで、と手招きをして自分の太腿に来る様に誘導している。
その上に乗れってか、テディベアじゃねぇんだぞ。
「へぇ、頼みねぇスノーマン。あのスノーマンが、ねぇ」
ニヤニヤと、鼻から血を流しながら全裸がそう呟く。
どうでもいいが股を開くな、お前の話よりも下半身が邪魔して集中出来ねぇんだよ。
「なんだよ、頼みって、言ってみな?」
「財布を落としたから探してくれ」
俺の要件はそれだった。
「それで?」
当たり前の様にその話の続きを求める諫。
「勿論、タダじゃねぇ、財布を拾ったら中身を半分くれてやる」
「はっは、それだけか?」
両手を挙げて、他にないのかと言って来やがる。
「日本の法律じゃソレが理に適ってるだろ?」
報奨金だ。俺のバイト代の半分をくれてやる。
これ以上良い条件などない。
「お前の財布を見つける様に?
「これは命令じゃない、ただのお願いだ、最悪、見つけるだけで良い。場所を言ったら取りに行く」
と言うか、仮にお前のメンバーに話して持ってくる場所がこの『ヴァンプ』だったら俺が死ぬ。
どうせ財布の中は学生証と名刺くらいだ。それならどこの誰かに悪用されるよりかは、気分が悪いが、顔見知りに預かって貰った方がマシだ。
「ふぅん…けど、俺の会員を動かす以上は、見返りが欲しいよなぁ」
「…どうしろってんだ?」
「兵隊に加われよ、下っ端でコキ扱ってやる」
俺は適当に置かれた椅子に足を引っかけてそれを諫に向けて蹴る。
それを諫は同じように足で受け止めた。
「俺が他人と手を組んで遊べってか?冗談言うなよ」
「あぁ冗談だ、但し、施しには条件を、だ、昔からお願い事にはお金が掛かるのは知ってるだろ?」
あぁ、神頼みにはお賽銭箱に五円玉を入れるな。
「丁度フロアが沸き上がってんだ。もっと沸かせてくれよ」
「…遊びに加われってか?」
退屈そうに携帯電話を弄っていたリリスが顔を上げて目を輝かせた。
「え?なに、ヤるの。冬児が?」
興味津々な様子で顔をこちらに向けて来る。
「勝ち負けに関係なく、一戦、やってくれたら兵隊を動かしてやるよ」
「お前に頼むんじゃなかった」
俺は二階から一階へと歩く。
そしてフロアへと出て、また人込みに紛れてフロアの中心へと向かい出す。
「マイク貸せ」
諫が一階にいる進行役に目を向けると、大振りでマイクを投げた。
それを受け取った諫が、大きな声でフロア全体に声を響かせた。
厄介な事になった。傷を作った瑞美さんに叱られるってのに。
「さあ喧嘩だ野郎ども、今回はエクストラマッチ、もう一本やらせてやる、相手は古き仲、三本槍の一角、俺シンドバッド、リリスに続いて、欠けていた男が帰って来やがった!この名前を知らねぇ奴はモグリの中のモグリだッ!知るのならば腹の底から声を荒げて讃えやがれッ!名をスノーマンッ!!俺が知る仲で一番イカれた野郎だァ!!」
丁寧な自己紹介どうもよ。でたらめばかり言いやがって。
回りの人間が道を開けると同時に高らかな声で叫びをあげる。
まるで今日限りの主役になった気分だ。どうしようも無い程に下を見ながら歩きたくなって来る。
「この三本槍に相手をする奴はどいつだッ!同じくイカれた奴が出て来るのならぁフロアの中心に足を踏み入れろッ!言っておくが半端モンじゃあ負けちまうぞッ!!最高にイカれてイカした野郎じゃねぇと相手にすらならねぇ!!」
フロアの中心にやって来る。
そして反対方向から、巨躯の体を持つ野郎が顔を出して来た。
「出て来たなぁ!テメェは何者だぁ!DJマイハラッ!マイクを渡してやれッ!!」
ステージの上に立つ進行役がもう一つのマイクを渡し投げた。
それを巨躯の男が受け取って指を親指と小指を立てた状態で上にあげる。
「俺はブル。ブルドッグであり暴れる
あ?なに、お前語尾にブルが付くのか?
いや違うか、コイツラッパーかよ。
おい、マイクを投げ渡すんじゃねぇよ。
受け取る事無くマイクを後ろに投げる。
「さっさと来いよ筋肉ラッパー。俺は喧嘩が嫌いなんだよ、早く終わらせるぞ」
手招きをする。
「準備は万端だ、さあテメェらコールを開始しろッ、ルールは簡単、なんでもありだ。思う存分殴り殴られて、そして降参か気絶でゲームは終了だッ!行くぞぉお前らぁ!!」
3ッ!
と、周囲が声を荒げる。
合唱する声が煩くて思わず耳を塞ぎたくなる。
2ッ!
巨躯のラッパーが手首を回して首を回して音を鳴らす。
準備運動なんざする事はない。
どうせ、勝負は見えてんだから。
1ッ!
いいからさっさと始めろ。
「ぜぇぇぇ」
面倒だ、さっさと始める事にする。
周囲がカウント0を口にしている瞬間に俺は動き出す。
音は遅く聞こえる、相手は興奮気味で拳を俺の方に向けて走り出そうとしている。
俺は緩やかに動いて相手の動きを見る。
拳の振り方はなんとも美しい弧を描く、格闘技でも倣っているのだろう。
これは有難い事だ。無傷で終わらせるのならば、何も倣っていない素人を相手にする方が難しい。
下手に格闘技を倣っていれば、行動、その動作を見るだけでどういった攻撃をしてくるのかなど当てるのは簡単な事だった。
型に嵌っていれば嵌る程に、俺の様に意識を集中させる事で動きがスロースペースとして見える人間からして見れば、これほど回避のしやすい相手も中々いない。
だから、俺は奴の拳の間をすり抜けると同時に拳を野郎の顎に合わせる。
所謂カウンターだ。相手が完全に振りぬく瞬間を狙って、俺も野郎の顎に拳をぶつける。
瞬間、俺の中で時間の加速が始まる。
周囲の遅くなった音は元に戻り、「ろ」と、0のカウントダウンが終わる。
そしてその瞬間で、戦闘は終了した。
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