会(あう)
ジャケットのポケットの中身にある小銭を使って都市中心部へと向かう。
あの零戸と言う女は金だけは持っていた。だから金を使って移動したとすれば、俺が教えた道を通る可能性がある。
もしも、他の人間に俺と同じ様に会話をして、部屋に泊る可能性もあるが、余程不用心でない限り、明らかに何らかの事件にかかわってそうな女を泊めようなどと考える人間は居ない筈だ。
電車を使って十数分。
街の中心核へとたどり着いた俺は周囲を見渡す。
住宅街や学校付近は雪が積もっているが、やはり都会の中心部は除雪が施されている。
地面は雪が解けて泥色の水たまりが出来ていた。
地面を蹴る様に歩き出す。
後はあの女が何処にいるか探すだけだ。
とすれば、ホテルかネットカフェ辺りだろうか。
「…」
探し当てるのは難しいだろう。
ホテルの従業員や、ネットカフェの店員が、個人情報を喋る筈がない。
今日明日で見つかるとは思ってない。
だから人が多い場所に向かい、そこで情報を流してもらう。
「…面倒だ」
そう。
情報が集まる場所は必然的に人が集まる。
俺は人が多い所が苦手だから、なるべく其処に行きたくは無かったが、なりふり構ってはいられなかった。
様々な都市には暗部の面が存在する。
所謂アンダーグラウンド。社会から弾かれたつまはじきモノたちが集う場所がある。
俺は歓楽街を歩く。
人が多くて、様々な臭いが入り混じる。
吐きそうな臭いだ。酒やゲロ、腐った食べ物が混ざり、化粧品で味付けをしたような臭い。
どうも苦手な場所だ。
キャッチをする店の人間が声を掛けるが無視をする。
まだ七時ごろだと言うのに、酒に酔い出来上がった人間が転がっている。
歩き続けて、俺は到着する。
「お兄さん、未成年?」
入り口の前にはドレットヘアをした褐色肌の男が立っていた。
即座にポケットに手を突っ込む、そう言えば…名刺も財布に入れたままだったか。
「アイツに用がある。シンバ…シルバ…あー…」
クソ。
アイツの源氏名、分かりにくいんだよ。
「シンデンズ、心電図みたいな名前のアレだ」
「シンデンズ…いや知らないな、どちらにせよ、此処は会員制だ、遊びたいなら他で遊びな」
別に遊びたいワケじゃない。
面倒だ…非常に面倒だ。こうなれば、拳でやる他なくなる。
「あれ?珍しいじゃん」
俺が握り拳を固めた時に、声が掛かる。
後ろを振り向くと、金髪の女が立っている。
耳にこれでもかと言う程に、鋭く尖ったピアスをしている。
口が開くたびに、舌に付いたピアスが見える。
「リリスさん、こんばんは」
リリス。
凍天高の同級生だった女だ。
懐かしの旧友と出会ってはみたが、感動も涙もではしなかった。
心の内にあるのはただ一つ、このデカブツを追い払える丁度いい人間が其処に立っていると言う事だけだ。
「白蜜、アイツ居るだろ?」
俺は奴を下の名前で呼ぶ事は無い。
高校の頃だと白蜜たちとはよくつるんでいた居たが、下の名前を呼ぶ程に仲が良いと言うワケではなかった。
主に俺は一人で活動をしている。
その道中で時折奴らと一緒になる事が多い、これが現状の事実だ。
「あぁ、シンドバッド?」
近場の店で購入したのか、タピオカミルクティーをストローですすりながら白蜜が奴のあだ名をそう呼んだ。
「そうそう、ソイツだ、居るか?」
このクラブハウスは、白蜜の城の様なものだろう。
ほぼ毎日、此処に通っていると聞く。
いや、こういった、日陰でしか生きられない人間が行きつく先がこのクラブハウスだ。
彼らにとっては、此処こそが居場所であり、住処だ。
夜に生きられない吸血鬼の様に…このクラブハウスの名前も『ヴァンプ』。吸血鬼と言う意味だった。
「シンディは、まあ居るんじゃない?入ろうよ」
歯を剥いて笑った。
その表情は綺麗なものだ。
まず歯が白くて、ちゃんと抜けていない。
その時点で、男の殆どはこの女に魅入られてしまう。
誰だって、歯が溶けた女は嫌いだろうしな。
「ちょっと待って下さい、リリスさん。部外者は入れませんよ?」
「は?あんた、私の彼ピなんですけど?シンディも公認の」
おい。
誰が彼ピだお前。
俺は一度でも、お前に跨られた事なんて一度も無いぞ。
「あ、不満そうな顔、良く分かるんだ、その顔ー」
ぱちぱちと笑いながら手を叩く。
この女は何を思ってそんな事を言うのだろうか。
考えても仕方が無い事は、考えなければ良いだけの話だが。
「でも、リリスさん、そう言って無許可で通したの、これで十人目ですよ?」
「はい残念、十三人目ね、けどコイツは一番目の彼ピだから」
「なった覚えがねぇんだよ…いいから通らせろ」
俺はデカブツを押し退けて、強引に店に続く階段を降りだした。
それに続いて、リリスも階段を降りる。
厚底ブーツのカツカツとした音がコンクリートの階段に反響した。
下に続くにつれて、ズンズンと、地割れの様な振動が響き出す。
あぁ、地獄の様な音だ。この音は、扉を開けば何倍にも、何十倍にも、耳を引っ掻く雑音として俺の耳に入って来るのだ。
それがどうにも我慢出来ない。吐き気すら催してくる。
出来る事ならば、もう二度と、此処には足を踏み入れたくない。
そう、前に来た時に願った程だ。
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