第77話 思い出したので

 昔…20代の頃の話。

 隣の市に住んでいた頃、晩御飯、何を食べようか考えながら車で街を走っていた桜雪。

 夜の8時過ぎだったように覚えてます。

 橋を渡った先に明りが見えて、それがパン屋だと気づいて、パンでいいやと車を停めて店内へ入った。

 明りは付いているし、パンも少ないながら並んでいる。

 まぁ選んでいるうちに店員も出てくるだろうとパンをトレーに取っていた。

 レジに持って行くと誰もいないままの店内。

「すいませ~ん」

 と3回ほど呼ぶと奥から汚れたエプロン…もしくは割烹着を着た太った老婆が無言で出てきて、レジを打ち出した。

 普段なら挨拶も無しかよと怒りそうなものだが、そんな気にならなかった。

 老婆の服は着崩れ、片乳が出ているのだ。

 怖かったのだ。


 良く見ればパン屋というか、民家の一部屋にパンが並んでいるような感じの店。

 金を払ってすぐに店を出てアパートに戻った。

 パンの味など覚えてない。

 美味くはなかったと思う。


 翌日、会社でその話をすると誰も信じない。

 そもそも夜の8時にパン屋が開いてるか?


 そこで、その夜、もう一度何人かでそのパン屋に行こうという話になり行ったのだ。

 僕は今でも、そのパン屋があった場所を覚えている。

 迷うような場所ではないのだ。

 今はシャッター商店街になっているが…。


 その夜…

「ないじゃん…」

 そうパン屋は存在しなかった。

 潰れたとか定休日ではない。

 その場所には店すらない、空き家だったのだ。


 僕は今でも時折、その場所を仕事で通るのだが、その度に思い出すのだ。


「僕が行ったパン屋って…」

 僕は今でも、そのパン屋の名前も憶えている。


 誰も信じない話。

 20年以上前の話…もしかしたら夢だったのかも?

 僕ですら今ではそう考えることもある。

 だけど覚えている…チョコパンを買ったのだ…硬いチョコパンを。

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