3-2
冬森凛檎が友達の有無に困るようなことはなかった。なぜなら、彼女が作ろうとするまでもなく勝手に寄り添ってくるから。それは小学生、中学生の時も例外ではない。いつだって友達に困るようなことはなかった。
彼女は小学生のとき、誰からの憧れの対象でもあった。勉強、スポーツなど、あらゆる分野において高いレベルでこなすことができた彼女に人気が出ないはずがなかった。
だが、彼女は思う。
なぜ、自分が一番に立っているのか? どうして周りは自分と同じようにできないのか?
努力なしでも友達に恵まれる環境であったからか、無能な人間にイライラして当たり散らしても、誰も彼女に歯向かう者はいない。たとえ歯向かったとしても、悪は冬森凛檎ではなく歯向かった人間になってしまう世界。
冬森凛檎に思いやりの精神などなかった。
そんな彼女にいち早く気が付いたのは、彼女の両親だった。
このままでは確実に彼女は孤立する、女王でいられるのはせいぜい学園の中くらいだろうと、彼らは娘のことを心配した。そして、中学入学と同時に冬森凛檎を仮想現実システム、〈R4〉に参加させることになる。それは、不特定多数の人間が集まる仮想現実の中で他者との関わりについて失敗を経験してほしいという気持ちの表れだった。
けれども、結局は仮想現実の中も学園の中と同じだった。校舎の中から七つの巨大都市のうちの一つ、〈セントラル〉に世界が移るだけ。この世界で過ごす階層を大きく決める魔法という概念でさえも、いとも容易く手懐けてしまったその
◆
チームを設立したら、そのチームごとに建物が与えられるらしい。そして規模が大きくなるにつれて建物は大きくなり、様々な機能をR4からプレゼントしてくれる。チームを作って一年ほどの、まだ新しさの残るチームだが、与えてくれた建物は中堅のチームと呼べるくらいには大きくなっていった。
中高生の二割強、およそ百五十万人がプレイするこのR4に存在するチームは、公証のチームで一万ほど。各チーム間では勢力を拡大させる、名を上げるなどの目的で攻防が激しい時代。その中のたった一つのチーム『キューブ』、だがチームを構成するのが全員中学生というのは、あまり例を見なかった。通常、中学組と呼ばれる数式の知識があまりない中学生たちは様々なチームの下っ端となって働かされる。というのも、そうでなければ生き残ることができないからだ。右も左も分からないひよっこが襲われて以後ログイン記録なし、なんて事例も存在するくらい、この世界は厳しい。
しかし、やはり下っ端で働きたくないのは誰もが思うこと。そこで、『キューブ』が巷で有名になっていった訳だ。中学組で構成されているなら、上も下もない世界なのだと。
(……なーんて思ってチーム創ったけど、どの世界でも上下関係はできるものね……)
最上階でチョコケーキを口に運びながら冬森は思う。口に残る甘いチョコの風味を、苦味のあるコーヒーで洗い流していくことが、何よりも至福のひと時。
広さ三十畳ほどの部屋。好みのベージュの絨毯に、立派な作業用のテーブルが窓際にポツンと一つ。一人で使うには勿体ないくらいの、寂しさの感じる部屋だ。
正直言って、この部屋で一人過ごすことは気楽であった。
「下の階に行けば適当にチヤホヤされるだけ、上目使いで調子を伺われるだけ。……ったく、そんなことに力を入れずに、単純に魔法を磨けばいいものを……」
だが、気楽ではあるものの退屈ではあった。冬森はゆっくりと重い腰を上げる。
「さてと、暇つぶしに見回りでもしますか」
このチームの運営は適当に、二番目に実力がありそうな人間に押し付けている。理由は単純、面倒だから。チームを作ったのだって、単純に自分よりも実力の低い高校生の連中の元で雑用をしたくないから、下らないキマリのない平等な世界を作っちゃえばいいや、と思っただけだから。特にそれ以外ない。
下の階に降りる冬森。複数の女子が一人の少女を寄ってたかって虐めていた。ポニーテールの髪を掴み上げて暴言を吐いて、そして魔法で脅してパシリにでも行かせるのだろう。
(平等な世界に憧れを抱いて入った初心者の子ね……。明日にはいなくなってるかしら?)
冬森はそんな光景を、とりあえずリーダーとして一瞥する。囲っていた女子たちはさっと逃げた。しかし、冬森はそんな彼女を追いかけることなく、適当にぶらぶらと歩くだけ。
一通り建物の中を見て回った冬森は伸びをして、
「うーん、いい運動になったわね……、って、ここは仮想現実か。身体は
こんな形で、いつもの一日が終了する。
翌日、いつものようにリーダーとしての責務を果たすべく、ぶらぶらと建物を見回りする。
と、冬森はあることに気が付いた。
(……ん? あの子……昨日の?)
昨日複数の女子に囲まれていた女の子。シルバーのポニーテールという特徴だけは把握している。そんな彼女は個別の自習室で、ただ一人ポツンと仕切りからポニーテールを出して勉強に取り組んでいる様子だった。
「へー、熱心に勉強してるのね。偉いわ偉いわ」
本来自習室では禁止されている私語だが、他に誰も勉強していないので話しかけることができた(それでも熱心に勉強する彼女の邪魔にはなるが)。
ポニーテールの女の子はビクッ、と肩を震わせて声の方向を振り向く。急いで振り返ったせいで、首元に掛けられた銀の十字架のアクセサリが仕切りにカツンと当たる。
「あっ、冬森さんだ~。わっ、嬉しいな! でもビックリ。どうして私なんかに声を?」
思っていたよりもキャラが違ったその少女に面食らう冬森。
「えっ、ええ……。ヒマだったから……」それでも冬森は気を取り直し、「昨日イジめられていたのはあなたでしょ? 何だか元気そうね。普通気落ちくらいはしない?」
「う~ん、イジメって本当にあったんだって、そっちの驚きの方が強いのかも? あんな経験初めてだし」
「……すごい神経してるのね」
そうして冬森は彼女などお構いなしに、ズカズカと少女が勉強に用いる本を眺め、
「ふーん、二次関数の基本的なところね……。あなた、まだ初心者?」
少女の横の首の動きに合わせてポニーテールが揺れる。
「R4を始めて半年……、かな? 恥ずかしながら……」
冬森は怪訝そうな顔で、
「……はんとしぃ? それでまだ中学レベルの勉強してるの? もう少しペースアップを考えるべきよ。私なんて半年で微積を勉強していたけど?」
「……これでも授業の一年先の内容なんだけど……? ちょっと遅いかな?」
冬森の言葉にしょんぼりと顔を伏せてしまったポニーテールの少女。
(……あっ、ちょっと言い過ぎたかしら……)
心の中で思った冬森は、少女の読んでいた本とノートに解いてある問題を照らし合わせ、
「ほらっ、ここ違うわよ? 直線と曲線の交点を求める問題の考え方わね、基本代入なのよ。それにここは…………」
訊かれてもいないのに次々と参考書の内容を教えていく冬森。遠慮しがちの少女も、熱心に冬森の言葉を聞き入れていく。
一時間くらいが経っただろうか、体感的にはあっという間だったと冬森は思う。
冬森は最後に訊いた。
「もしこの先勉強を続けて行って、それでも自分に才能がないって分かったらどうするの?」
そうは訊きつつも、冬森自身の中に答えは漠然とあった。――その時は諦めるって、なんて当たり前の答えが心の片隅に。
少女は顔を伏せる。ほらっ、どうせ諦めるなんて言うだろう、冬森は思う。けれども、
「――――私、思い描いてるの! 憧れの冬森さんに並べるように、追いつけるようになるって。そのためにずっと頑張るって自分と約束してるからっ」
少女はマジマジと冬森の瞳を見て答えた。
まさか自分のことを絡めて答えるとは、赤く染まる顔を隠すように、冬森は背を向け
「……そっ、そうっ! せいぜい精進しなさい!」
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