3-3

 だらしのない人間には必ずツケがやってくるのだろう、冬森は後から考える。

 やがて事件は起こった。


「ああああああッ! 何なのよ! 散々私の名前を借りて好き放題してたクセに! ナニ勝手に裏切ってんのよッ!」


 殺伐とした『キューブ』の雰囲気に業を煮やす者、冷たい冬森凛檎の態度に反抗したい者たちが敵のチームに寝返った。『キューブ』を構成するおよそ三分の二の人数がごっそりとチームから抜け、敵として反抗してきた。


 チーム『スクエア』との攻防。いつものように敵の本部に攻め入って敵を討滅しようと目論んだ冬森凛檎ら『キューブ』。だが、それは罠だった。チームの運営を任せていた人間が主体となって寝返ったのだ。『スクエア』の面々だけではなく、寝返った『キューブ』の面々にも大きく苦戦する残りのメンバーたち。『スクエア』のリーダー、坂梨水杷さかなしみずはは、


「アンタ、本当にリーダーなの? 色々聞いたけど相当ずさんな管理だったようね! メンバーの顔と名前は一致する? チーム内にできた派閥にはしっかりと目を向けた? はんっ、あとは無駄にプライドが高い頭のアンタを倒せば終わり!」


 ギロリと、血走った目を向けた冬森。


「……あんまり私を舐めるんじゃないわよッ!」


 数分間の攻防の末、坂梨水杷を倒すことに成功した。


「……ハァッ! どいつもこいつも私を裏切って!」


 手負いの傷をモノともせず、冬森は敵の本部を走り回ってく。息を荒くしながらも、冬森は探し物を見つけるかのように駆け回る。が、ピタリとその足が止まった。


 一人の顔見知りの少女を発見したから。


「……ぐッ! はッ……!!」


 冬森が捉えた少女は魔法によって横薙ぎにされた。敵はポニーテールを掴み上げ、


「おらっ、テメェもさっさと寝返った方がいいぞ? あんな冬森クズの下にいても気分が悪いだけだろ? なぁ!?」


 頬はひっぱ叩かれ、ガラ空きの鳩尾は何度も拳を入れられる。――――が、


「……冬森……さんに追いつく……ために入ったから……寝返るわけには……いかない」


 その瞳には光が失われていなかった。そうして手にシルバーの短剣を出現させ、


「私の魔法は……まだこれだけじゃないから…………」


 少年の手が彼女から離れ、そして地面に倒れ込むのに時間は掛からなかった。


「……ははっ、え……? ちょっと何を言ってるのよ……私に追いつく?」


 冬森の口から洩れたのは乾いた笑い、そして絶句。次に出た言葉が『信じられない』の一言。


(……こんな私なんかのために、そうまでして立ち向かうのよ!?)


 その時、髪のポニーテールの少女もカランと短剣を捨て、力なく地面に崩れた。

 急いで駆け寄った冬森。


「起きてよ……、起きてってば……!」


 名も知らない少女はゆっくりと目を開けた。


「ありがとう…………、冬森さん……。冬森さんのアドバイスのおかげで……一人で勝てたよ?」

「どうして……っ、どうしてこんなクズなんかを目標にするのよ……。それに弱いのになんで立ち向かえるのよ! こんな辛い思いして、努力が報われる保障はどこにもないのに!」、

「強い冬森さんに追いついて……追い越したいって思ってるの。今はまだ比べるレベルじゃないけど……、私は絶対に諦めない」


 冬森は恥ずかしそうに顔を両手で覆った。


「ハッ……こんなのリーダー失格よね……。こんなやる気のないリーダーなんて……」

「私を助けてくれただけでも、それだけで冬森さんを目標にしてきてよかったと思うよ?」

「……うっ、でも…………っ」


 冬森は首を横に振った。単に助けたからこれまでの自分の行いが許された訳ではないと言わんばかりに。

 だが、少女は優しく微笑んだ。そうして首から銀のアクセサリを取り外し、


「いいの。今から頑張っていけばいいの。まだ遅くないから」


 ゆっくりと冬森の首元にアクセサリを掛け、


「これ、助けてくれたお礼だよ? よければ受け取って」


 丁寧に首元を通った銀の十字架を、しっかりと両手で握った。冬森はポニーテールの少女の手を握り、しっかりと自分を目標にしてくれる少女を見据え――はっきりと告げた。


「――――絶対に、あなたに失望されないリーダーになってみせるわ」


       ◇


「見たところこの光景も作り出されたもののようですね」


 茶髪の少年は至極冷静に、そう述べた。そして他人事のように口に出していく宮西に対しても、真っ赤な怒りの感情が溢れ出てくる。

 冬森は宮西の肩を掴むと、両手できつく握り締めた。紺のブレザーの両肩部分は皺になる。


「…………」


 下を向いて彼の肩を掴む冬森に、宮西の顔は見えない。でも、彼は何も言わない。


「……何で……、どうしてよ!!」


 分かっている。

 黒川望未に対する行いが、全て冬森凛檎に対する見せしめだということを。そしてそんな冬森凛檎の感情を大きく揺さぶり踏みにじっていくための過程なのだと、彼女は分かっていた。

 分かっていても、溢れ出る怒りは枯渇する気配を見せない。


「どうして……、どうしてこんな私に怒らないのよ!」


 今ほど彼が状況を冷静に述べたのだって、彼が特別黒川望未に対して思い入れが無いからだと分かるし、それも当然のことなんだと冬森は頭で呑み込んでいる。

 そしてそんな宮西に対する怒りのはけ口じぶんのこういが、たまたま近くにいる彼にとっては完全なとばっちりだということは分かっている。


 けれども、彼は冬森に向けて怒らない。


 顔が見えないのに怒っていないことは分かった。だって――彼は肩を強く握られているのにも拘らず冬森の金髪を優しく撫でているのだから。


「冬森さんが怒らない方がおかしいですよ。冷静に状況分析をする方がおかしいと思いますから」


 少年の声、そして冬森の頭を触れる手は温かかった。


「まずは僕たちにできることから始めませんか? 黒川さんは今、見せしめにされて苦しんでいます。だから、僕たちで楽にさせてあげませんか?」


 少年は駄々を捏ねる子供を慰めるように、変わらず冬森の頭を撫で続ける。

 顔は上げられないものの、自然と冬森の両肩の力は抜けていった。


「……そうね、早くあの子を楽にさせてあげることが、今の私たちにできることね……」


 冬森の魔法は『恋すれば廃人リミットラブ』、能力の本質はあらゆる数字を零にすることではなく、零に近づけることである。しかし、システムに関するHPという概念は零に近づけることが不可能だった。


「僕の『気まぐれな振る舞いアンサンブル』で爆発を起こせば一発でHPを失くすことが可能だと思います」


 冬森はせめて最後を看取りたいと、血を吐き虚ろな目で苦しむ黒川望未の顔を、膝を折って中腰の姿勢で焦点を合わせた。


「ごめんね、望未……。私がしっかりしてなくて、また望未を苦しめちゃった……。もうこんなことはしないって約束したのにね……」


 記憶、精神が改ざんされているはずの黒川に、冬森の真意こえは届かない。それでも、彼女は優しく語り掛けた。

 宮西はポケットから一枚のトランプを取り出し、黒川の喉元にトランプを当て、


「……爆発させます。いいですか?」


 冬森は何も言わずに小さく頷いた。それを確認した宮西はトランプを爆発させようとする。

 ――――だが、


「――――凛檎、ちゃん……助けて」


 ささやかな、聞き取れるかどうかも分からないほどの声。それでもなお、冬森凛檎の耳は一言一句逃さずに聞き取った。


「しまっ――――」


 けれども、無情にも宮西のトランプは爆発。黒川望未を縛り付けていた銀の十字架、それに彼女自身はスッ――……と消えていった。


「すっ、すみま――――」


 口にしかけた宮西に、冬森は手で遮った。


「謝らないで!! 宮西くんが謝る必要なんてないから……」


 どこまでも執拗に冬森の大事なものを揺さぶり続けてくる無情な敵。たとえ黒川望未が本当に死んでいないにしても、冬森の心にはくるものがあった。


「もう、イヤよ……、どこまで酷いことをするのよ……」


 ふと、冬森は宮西京を見た。理由は何となく、無理矢理答えを出すならば自分だけで考えることに苦しくなったからか。

 どうせいつものように冷静に状況を分析しているのだろう、半ば諦めの気持ちで首を動かして少年を視界に捉えた。いや、別にそうだからって怒ろうとする気持ちはもう起きない。


「…………えっ?」


 ――少年は奥歯を噛み締め、拳を強く握っていた。先ほどの冬森と重なるように。


「……ここまで人の想いを踏みにじる行為は許せません。絶対に勝ちましょう」


 彼は静かに告げ、再び階段に向かっていく。


 唖然とする冬森だが、


「……ふんっ」


 そんな彼を見てもう一度立ち上がることはできたみたいだった。

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