第3話 あれからあれから
全身が心地よい風を受け、喜んでいる。足が跳ねるようなリズムを刻んでいる。チェーンとギアが噛み合う音は俺を癒やしてくれる。
まだだ、まだスピードが足りない。魅せてくれよ、XM-205!!お前の走りを!!うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「やっはろ〜!」
全力で前輪のブレーキをかけたのが運の尽きだった。前輪が固定され、跳ね上げられた俺はそのまま宙に舞い、背中をしたたかに打ち付けた。
「い゛っ゛て゛ー゛ー゛ー゛ー゛!!」
「だ、大丈夫……?」
何も言えない。脊髄の二本や三本にヒビが入ったのではなかろうか。
「と……とりあえず、家に入ろか。その方が、手当もできるし。」
「た、助かります。」
那津さんに支えられ、ゆっくりと立ち上がる。良かった。脊髄は無事だ。
「ホント、気をつけんといかんよ。頭打っとったら、死んでもうてたかもしれへんし。」
「以後、気をつけます。」
肩を抱いてもらったままゆっくりと歩を進め、空いた左手であの古めかしいドアを開けた。
「夜早くん来たよ〜!」
「いらっしゃい……って、どないしはったん!?」
「そこで派手に転んでもうたんや。」
「まぁ……ほんま痛そうやわ……。那津、手当してあげや。」
「わかっとるって。」
一通りの会話が終わったあと、彼女―右京寺 波留さんは、カウンター奥左手側の扉へと消えて行った。
「ほな、うちの部屋行こか。」
那津さんは俺を支えたまま進もうとする。
「あ、もう大丈夫です。」
俺がそう断りを入れると、
「ホンマに大丈夫?無理せんでええよ。」
那津はカウンターに入り、そのまま正面奥のドアを開けた。
「どうぞ、お上がりください。」
カウンター横の壁についている小窓からは、波留さんが工房で作業している様子が見える。その様子を横目に見ながら、案内されるまま階段を上った。
「救急箱とか取ってくるから、先に部屋入っといて。」
そう言われて二階の廊下に放置されたので、お言葉に甘えてドアを開けさせてもらう。中に入ると、名も知らない花の甘い香りが鼻孔に飛び込んできた。
全体的に白い家具で統一され、壁紙には、一輪の薔薇と白いリボンが幾何学的に配置されている。
「ちょっと待ってて、救急箱とか取ってくるわ。」
那津さんが一階に下りていく。さて、戻ってくるのに時間がかかることだろう。少しいきさつを説明させてもらおう。
那津さんと連絡先を交換して二日後、風呂上がりのリラクゼーションをしていた俺に、突如として一件の通知が入った。開いてみると、それは那津さんからだった。
『このプラモ作ってみたいんだけど、どんな道具がいるか教えてくれる?』
まぁ、驚いたね。社交辞令で自分が興味なくても、やってみたいと返すことはあるが、まさか本当にやるとは。
メッセージをやり取りするときは標準語なんだ。とか思っている暇もなく、送られてきたのはバンプラの箱だった。バンプラ。皆さんはご存知だろうか。大人気アニメ、機甲兵士バンボルに登場するロボットのプラモデルである。
パッケージを見ると、それは上級者向けの大きなキットだった。すぐさま俺はそのキットはおすすめできないと返信。後日、初心者向けのキットとお古のニッパー、ヤスリなどをプレゼント。以来、たまにこちらから出向いてプラモ制作を教え、そして現在に至るというわけである。
「取ってきたで〜。」
おっと、帰ってきたか。回想はここまでにしておこう。
「あっ、ありがとうございます。」
「いいっていいって。ほんじゃ、背中見せて。」
ベットに腰掛け、背中を捲くる。
「うわっ、えらい赤うなっとるわ。ほら、保冷剤当てとき。」
そう言って、ハンドタオルに巻かれた保冷剤を渡してくる。
「ありがとうございます。」
渡された保冷剤を、背中に当ててみる。すると、ヒリヒリした感覚は消え、代わりにひんやりとした感触が伝わってくる。背中が自然と楽になった。
「それで、今日はどうしたんです?」
「それがな、プラモは完成したんやけど、どーにもしっくりくるポーズが見つからんねん。」
そう言いながら那津さんは、勉強机の上に飾られていたプラモを見せてきた。MG-V5 バサック局地戦仕様。シリーズ屈指の人気量産機のマイナーチェンジ版だ。目立ったバリや塗装のムラもなく、完成度は申し分ない。うむ。我ながら素晴らしいコーチングだ。
「そうですね……、バサックなら、やっぱり機関砲を構えた姿とかどうです?」
「う〜ん……。あんま武器をもたせたくないんやけどなぁ……」
「なるほど、武器なしのポーズですか……」
う〜む、俺はだいたい武器をもたせるんだよな〜……
「なら、俺を参考にしてみてくださいよ。例えば……こんなふうに!!」
そう言って、変なポーズを取ってみる。
「……ッアハハハハハ!アハハハハハハハ!な、何それぇ!ほんま、鏡見てみぃ!」
おっ、嬉しい反応だねえ。
「それじゃおじさん、もっとやっちゃう!」
ヒョイ、ヒョイ。次から次へとポーズをかえていく。
「ヒヒッ!ヒヒヒアハハハハハハハハ!ちょ、ほんまに!ほんまにやめて!笑い死んでまう!」
いいぞ、だんだん乗ってきた。何か足音が近づいているが関係ない。もっとふざけてやらぁ。……ん?足音が近づいている……?
―ガチャ
「ジュース持ってきたよー……」
…………死にたい。
ボビンドロップス 牛久 禍 @Nakanaka1147
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