2-13
星ヶ丘花蓮とは対照的に、伏見咲夕の周りには先ほど同じチームとして戦ったユカ、ヒサコの二人だけが寂しく。二人は伏見に慰めの声を掛けていた。
よかったな、そいつらは立派な友達だ。ここで掌を返さずに伏見を想ってやる心意気は素晴らしいじゃあねぇか。
そんな伏見は体育座りで蹲り、クシャリと茶髪を掴み、
「……そんなっ、……私が…………負けるなんて……」
女子高生にしては比較的長身な彼女、だけれどもこの瞬間だけは妙に小さく見えた。
しかしまぁ、顔を伏せているのでどんな面様なのか分からないのが残念である。
「あーあ、惨めだな。これが敗者ってヤツじゃないっスか?」
『ぼっちくん』というあだ名の連呼、および一応の友人である川名クンをバカにしてくれた恨みも兼ねて、蹲る伏見に俺はそう言ってやった。もちろん、星ヶ丘には聞こえない程度の声で。
「ちょっと、あっち行ってよ!」
と、意外と胸が大きいヒサコに言われ、クリクリした目で俺を睨むユカ。だがモブ二人なんてどうでもよく、
「負けるってのは、別に悪いことじゃないんだよ。勝つことが絶対、とか言うヤツいるけどそんなの無理だね。勝率は高かろうがどっかで負ける時は絶対ある。勝負ってのは、まあそんなもんだ」
ここまで顔を伏せていた伏見が、俺の言葉に呼応するように勢いよく顔を上げた。汗でデコに張り付いた栗色の髪、気の強そうな目尻は少し光らせて。
「うっさい、偉そうに説教スンナ! この童貞ッ、クズッ、バカッ、ぼっちッ、もやしッ、根暗ッ、ザコッ、底辺ッ!!」
「俺は底辺だなんて自覚したことないね。その程度には自分に自信がある」
一番目の悪口は反論できないがな。…………おっと、触れないほうが格好付くこともある。
「わたし……、スポーツ推薦でこの学校に入ったんだよ……ッ! 勉強して受かったアンタなんかに私の気持ちは分かんないだろうけど!」
「ンなの知るか。分かってどうなるんだよ。つーか、スポーツ推薦で入ったのは星ヶ丘も一緒だろうがよ。自分の居場所なんて自分で掴みとれ」
お、良いこと言った。カッコイイ主人公ポイント加算だ。
「それじゃ、もう嫌がらせなんかするんじゃないぞ。分かっただろ、実力の違いが。悔しかったら実力で見返してやれ」
睨みつける伏見らに背を向け、俺はヒラリと手を振って出入口に向かった。周囲の関心が星ヶ丘に集まっているうちに帰るに限る。……と思ったら、
「伏見さん」
これは星ヶ丘の声。気になって振り返ってみれば、
「これからはライバルだね。でも、私だってポジションは渡すつもりないんだからっ」
星ヶ丘はしゃがみ込み、伏見と同じ目線で宣言してのけたのだった。
俺はそれを見届けると出入口に顔の向きを戻し、3階の『多目的教室3』へと引き返すことにした。
ったくよぉ、星ヶ丘さんもなかなか鬼畜なモンだ。勝者からあんなに爽やかに、戦況を見守っていた部員たちの周りでライバル宣言でもされりゃあ――――、
「――――どいてよ!」
「うぉ!」
俺の大事な利き腕である左腕を跳ね除け、茶のポニーテールを揺らしながら、一人の女が俺よりも先に出入口へ駆け出していったのだ。それは今さっき世界で一番……は流石に言い過ぎだとしても、惨めな思いをした人間だろう。
「さて、帰るか」
そうして体育館沿いの廊下を歩いていると、
「神宮寺くん、教室に戻るの?」
水場の近くの柱に背を預け、黒川はタオルで汗を拭いていた。まるで俺の帰りを待ち構えてくれていたように。
「あ、たまたまだから。キミを待ち構えようだなんて思ってなかったから」
「わざわざ言わんくてもいい」
ツンデレ気味に言い放ってくれるなら救いはあるのだが、それすら微塵も感じさせない一言。期待はしていなかったからまだ平気だけど。
「伏見さん、すごい勢いで走って行ったけど? 神宮寺くん、なにか追い打ち掛けるようなこと言った?」
「どっちかっつーと星ヶ丘の言葉でああなった。俺は関係ないね」
俺と黒川は並列して廊下を歩んでいく。
「なぁ、黒川。一つ訊いていいか?」
「どうしたの?」
「……伏見は知り合いか?」
俺は誤魔化すことなく尋ねた。
「………………」
嫌な沈黙が流れる。
しかし沈黙は黒川によって破られ、
「……知り合い、だわ。でも、ごめんなさい。これ以上は……あまり話したくないの」
「そうか。分かった」
これ以上の詮索はやめた。
人には誰しも他者に言いたくないことがあるし、黒川紅涼にとってもその一つなのだろう。だからこれ以上、黒川に伏見絡みの話題は持ち出さない。
その後、黒川と適当にハナシをしながら目的の教室までやって来て、自分の荷物を持って解散となった。
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