2-11

 星ヶ丘の掛けてくれた言葉がきっかけで、そして俺自身の経験を踏まえて考え出した一つの作戦。

 俺は気取らずにありのままの考えを二人に、特に星ヶ丘に話した。


「……そっ、それだけでいいの?」


 不安そうに伺う星ヶ丘であるが、


「ああ、それを全力でやればいいんじゃねえの? それで大丈夫だろ」


 対照的に黒川は納得したように、


「神宮寺くんの言う通りかも。私もそれが一番の作戦だと思うわ」


 素人二人のお墨付き意見、経験者なら上から目線で文句を付けても許されると思うが、


「……そっか。二人が言うなら……! よしっ、頑張ろ!」


 星ヶ丘は納得して俺の考えた作戦に意気込んでくれたのだった。

 主審がタイム終了の笛を鳴らす。それぞれ集まっていた星ヶ丘、伏見チームは再びコートへと集まる。互いのチームが考え出した作戦、方針を披露するという形で。


「……あれ? 黒川は大丈夫なの?」


 俺が持ち場に向かおうとした時、伏見が不思議そうな顔でそう言葉を掛けてきた。


「ああ、大丈夫だろ。敵を心配するなら自分の心配でもしてろよ」


 そう、黒川はゴール下から縛られず、コートの真ん中へと戻ってきた。

 俺は黒川に近づき、そっと、


「とにかくあの二人をマークするぞ」

「分かった、何が何でも徹底的にマークね」


 主審が合図を鳴らす。――――試合再開。


 最初にボールを担う星ヶ丘、コート上をサッと眺め、俺にではなく黒川にパスをした。黒川のすぐ傍で待ち構えていた伏見チームのユカは放たれたボールを奪おうとしたが、


「星ヶ丘さん!」


 ドリブルをせず、すぐ近くで先回りしていた星ヶ丘へとパスをしたのだ。

 星ヶ丘花蓮はパスを受け取ると、自分で決めると言わんばかりに自ゴールへと突き進んでいく。だが、当然フリーパスで進める訳もなく、


「させるもんか!」


 立ちはだかるのは伏見咲夕。レギュラーの座を掛けた者同士の直接対決。

 蚊帳の外の神宮寺善慈。だが、そんな俺でもしっかりと役割はある。


「行かせねぇよ、絶対にな」


 俺は伏見チーム、ヒサコの行く手を阻んだ。邪魔だの退けだの言っているが、俺はコイツを星ヶ丘の下まで行かせるつもりは全くない。そして――――それは黒川紅涼も同じこと。

 黒川も俺と同様に、全身を使って伏見チームのユカの行く手を遮る。


 敵を止めることに精いっぱいではあるが、何とか星ヶ丘の様子を視界に収めることはできた。

 星ヶ丘は足の動きを緩めてはいるがボールを床へと付き続けながら、圧を加えるようにそびえ立つ伏見咲夕へと相対す。


 コート上に流れる数秒の緊張感。


 ――――先に動いたのは星ヶ丘だった。

 星ヶ丘は瞬間的に右へと移動した。しかし伏見は予測していたように、


「ハッ!」


 星ヶ丘の動きに合わせ俊敏な反応を見せつけた。けれども、星ヶ丘は右手のボールをポンと左下の床へと払ったのだ。すると瞬時に身体の動きを強引に切り替えし、今度は左手の掌でボールを触れると、そのまま前へとドリブルで突き抜けた。


 完全に抜かれた伏見。


 と、ここで俺の壁が崩れてしまった。伏見チームのヒサコは急いで星ヶ丘を追いかけていく。が、ヒサコが追いつく前に星ヶ丘はシュートを決め、見事得点。

 コート中央付近で茫然と立ち尽くす伏見咲夕。


「……くっ、そんな……。このっ……!」


 悔しさを滲ませる彼女にチームメイトのユカが、「咲夕、ドンマイ。まだ点差はあるからっ」と励ましの声を掛けても伏見はまるで聞いておらず、キッと星ヶ丘を睨みつけていた。


 プレー再開。


 伏見チーム、ヒサコがコート外からやや離れた伏見へとパスを出した。俺の嫌がらせという名の妨害虚しく、しっかりとパスを受け取った伏見。そのまま自陣のゴールに向かって行く。ところが、その先で待ち構えているのはやはり星ヶ丘。


 伏見は一度足を止め、面する星ヶ丘の様子を確認して、クルリと左へ回転して星ヶ丘を追い抜こうとする。先ほど俺に見せたワザだ。しかし、


「はあッ!」


 星ヶ丘も伏見の横の動きに合せるように足をステップし、回転を終えるのを見計らったように伏見ボールのスティールに成功。そのまま華麗にウンターを決めたのだった。


「………………」


 言葉を発せずに茫然とする伏見は、右脚を大きく上げて床を踏みつけた。普段の数倍は目つきをキツクして。ドンッ、という地響きが3メートル離れた俺へと届く。

 あー怖いねぇ、もう少し冷静になれよ。


 ま、こっちの思う壺だがな。


 伏見チームの焦りが伝わったかのようにすぐにプレー再開、コート外からヒサコはユカへとボールを渡し、黒川のマークもあってかユカはすぐに伏見へとパスを回した。

 だが、またまた星ヶ丘が伏見をブロック。


「咲夕、こっち! パス!」


 ヒサコが叫ぶが、声を掛けられた方は無視するように星ヶ丘へと相対し、強行突破を図るように前へと進む。それでも星ヶ丘は読んでいたと言わんばかりに伏見のボールを奪い、そのままカウンターを決めようとする。


「させない!」


 しかし、今度は全速力で掛け抜いた伏見が星ヶ丘をブロック。数度目の真っ向勝負になったが、星ヶ丘は伏見に気を取られることなく冷静に周囲へと目配せをし、


「善ちゃん!」


 4メートルほど離れた俺へとパスを出したのだ。俺はさらに黒川へとパスを出し、そのまま黒川はシュート。久しぶりに黒川がゴールを決めた格好となった。


 と、ここで、


「タイム!」


 そう宣言したのは伏見サイドのヒサコ。彼女がタイムを審判へと要求。


「ちょっと、タイムいらないから! もう少し……、あと少しでほっしーに勝てそうだから!」


 伏見は味方であるはずのヒサコに食って掛かった。ユカとヒサコはすぐに彼女を落ち着かせるように宥める。


 結局、一度要求したタイムの取り消しはできないということで、各チーム集合することになった。


「……ふぅ、ちょっと疲れちゃった。休んでていいかな? もう相談することなんてないよね。

あとは全力を尽くすだけだから!」


 星ヶ丘はそう言ってコート端で腰を下ろした。先ほど以上の疲れを見せているのは当然のことだろう。しっかり休んでくれ。

 それにしても、俺の考えた作戦がこうも上手く嵌まるとは思いもしなかった。


「神宮寺くん、性格悪すぎ」

 黒川はボソリと俺に呟いた。


「なーにが悪いんだ? 星ヶ丘と伏見が堂々と戦えるようにセッティングしただけだぞ?」


 黒川は大きくて黒い瞳でじーっと俺を凝視し、


「ふんっ、私も最初はそうだと思ったけど? でもね、試合を進めるうちにキミの狙いが分かったから」

「…………狙い……ね。そうだな」


 俺の出した作戦は至極単純。


 神宮寺善慈と黒川紅涼は伏見チームのユカとヒサコを徹底的にマークする、だから星ヶ丘は伏見と可能な限り直接対決をしてくれ、と。たったこれだけだ。


「俺のこと、幻滅したか?」

「…………すこし。伏見さんがどう思おうが知ったこっちゃないけど、こうも女の子の心を抉れる人だとは思わなかった」

「ハッ、そうか。そりゃあ残念だ。でもな、女だろうが男だろうが関係ないんだよ、こういうことは」


 そんな前置きを入れて、


「周囲に納得させないとな?」

「…………あっそ」


 俺はチラリと伏見チームを見た。どうやらまだ話し合いと言う名の揉め事をしているらしい。伏見が荒い口調で何やら言っている。一目で冷静さを欠いていることが分かった。


「ちょっと昔話になるけど、いいか?」

「……? 珍しい、自分のことを語るなんて」


 自分でも珍しいと思う。まず人に過去を話す機会がないのもあるが。


「さっきもチラっと言ったけど、中学の時は野球部に入ってたんだよ。で、左利きって理由だけでピッチャーやらされて。ま、身体能力は高いからな、一年後半からレギュラーになった」

「先輩を差し置いてエースに? 信じられない……。そんなオーラ、まったく感じないけど」

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