2-10
その後、5分間の攻防が繰り広げられていった。やはりと言うものの、バスケ部の部員で構成された伏見チームは強い。
星ヶ丘花蓮と同様、スポーツ推薦でこの学校に入った伏見咲夕は特に別格だった。
「善ちゃん!」
ボールを所持するとすぐさま俺に声を掛けた星ヶ丘、敵の間を抜くようにパスを出した。
向かってきたボール、俺は両手でガッチリとそれを掴み、敵の見当たらないゴールに向けてダッシュしようとした。
だが。
「ふんっ」
突如横から現れた伏見。気配もなく、俺の所持したボールを素早く片手で払いのけよとしてきた。
周囲に敵がいないと思い込んでいた俺、咄嗟の出来事に頭と身体の両方が現実に付いていかない。結果、俺のボールは伏見の手によって払われてしまった。
「もらい!」
床に高く弾んだボール、俺は奪い返そうとしたものの、バサリと目の前で揺れた茶のポニーテール。次の瞬間、伏見が無駄のない動きでボールの所有権を確保した。いや、この場合は『確保された』と評したほうが適切か。何にせよ、このままでは――――。
そう考えた瞬間、
「……くっ!」
伏見はすぐに切り替えし、慣れた手つきでドリブルをしながら自ゴールへと走っていく。そうして俺の反抗虚しく――――見事カウンターを決められてしまった。
リングを潜り抜けるボール、バチンと虚しい音が俺の耳へと届いた。
「……………チッ」
……あぁ、全く通用しねぇ。実力が違いすぎる。
…………当たり前か、経験の差がデカすぎだ。
「はっはーん、バスケの経験がなくても身体能力さえあれば勝てると思ってたんでしょ? いや、勝てなくても善戦くらいは……って勘違いしてたでしょ? ね、神宮寺善慈くん?」
大きな黒い影が模様のごとく線を描く茶の床に伸びた。
声の主は敵である伏見咲夕。そのバカにしたような口調、わざわざ顔を上げなくても誰の言葉なのかはすぐに分かった。
「中学時代は野球部だったらしいじゃん。ま、高校でやめたようならどうせベンチ要因だったんだろうけど。球技の才能、ナシッ」
渋々顔を上げれば、パッチリとした、けれども気の強さを感じさせる鋭い瞳でその女は俺の全身を舐めるように見回し、嘲笑しつつそんな言葉を投げかけてきた。
「すっごーい身体能力を見せつけてぇ、女の子お二人の前で格好付けたかったんでしょ? でーも、現実はダッサイ姿を見せつけてるだけ。身体能力見せたいなら陸上でもやってなよ。アハハッ」
……こうもボロクソに言われても、真っ向勝負に負けた直後だと何も反論できる気がしねぇな。心が折れそうだ。
でも、それでも一つだけ反論したいことはあった。
「野球をやめたのは別に後悔してない。やるべきことはやった。それに、あん時の経験は絶対に活きてくるって俺は信じてる」
思い出したくない経験もたくさんある。だけど……、何も知らない伏見がバカにしていいもんじゃない。
「ハァ? ……あっそ、勝手に言ってろ。すぐにその言葉、訂正させてあげるから」
俺たち星ヶ丘チームも新たな作戦が功を奏し善戦はするものの、じわじわと点差が詰め寄られ、――――ついには逆転を許してしまった。
……いや、善戦なんて呼べるのは最初の数分だけかもな。
残り時間4分弱、スコアは『21―24』。
星ヶ丘は迷わず審判にタイムを要求した。
「………………」
俺は誰にも声を掛けず、黙ってコート傍に腰を下ろした。
ゲーム後半に入って以降、露骨に
伏見咲夕は強い。弱点を容赦なく責められるから強い。
…………ああ、屈辱的だ。こんな気分を味わうのも随分と久しぶりだ。
その時、フサリと頭にタオルが掛けられた。
「善ちゃん……。大丈夫、私たちがカバーするから! だから気を落とさずに、ファイト!」
声を掛けてくれたのは星ヶ丘花蓮。見上げれば、励ますように元気に取り繕ってくれる星ヶ丘の姿。アイドルと称しても許される顔立ちが俺の瞳に映り込む。そんな顔を見ると胸が罪悪感で満たされる。
…………情けねぇな、俺。
「ルールも覚えたての初心者なんだから経験者に勝てないのは当たり前。だけどバスケは一対一の勝負じゃなくて、チームの勝ちが何よりもだから。だからお互いカバーし合おうよ」
そう言ってくれるのはすごくありがたい。しかしながら、今はその言葉を素直に飲み込める余裕はなかった。
「はんっ、今の俺なんか足手まとい以外の何者でもねぇよ。死体以下だよ、死体以下。カバーなんてできるもんじゃねぇ」
俺はその場を立ち上がった。一か所に留まるのが嫌になったから。動くことで感情を誤魔化したいと思ったから。
だけど、
「バカ! そんなんじゃないんだから!!」
この時が初めてだった、――――星ヶ丘花蓮が俺に対し明確に怒りを見せたのは。
「……あっ」
違う、怒っていたのはあくまで声だけ。その可憐な顔立ちには悔しさと悲しさが入り混じっていた。
俺は咄嗟に声を掛けようとしたが、星ヶ丘はすぐに離れていってしまった。
「言葉を口にしないだけ死体のほうがマシ……自分で言った通りじゃない?」
黒川紅涼だった。
俺に向けたその端正な顔立ち、細い眉を僅かにしかめて。
「自嘲して何になるの? それ、面白いの?」
「………………すまん。俺が軽率だった」
すぐに気づいた、俺の自嘲が星ヶ丘花蓮を侮辱していることに。
試合前、星ヶ丘花蓮の掛けてくれた言葉を思い起こす。
「謝るのは私にじゃないでしょ。ほらっ、さっさと行けって。タイムの時間が勿体ないから」
ああ、その通りだ。すぐに俺は足を動かした。
「星ヶ丘」
離れた場所で腰を下ろしていた星ヶ丘花蓮。イラついた様子で俺を睨んだが、
「――――死ぬ気で全力尽くしてやるよ。だから星ヶ丘、全力で俺をカバーしろ」
我ながらぶっきらぼうで乱暴な言葉だ。だけど、勢いに任せることでしか言えない言葉でもあった。
けれども、そんな言葉でも星ヶ丘は、
「うん!」
さっきまでのイラつきが嘘のように、満開の笑顔でそう返事してくれたのだった。
「それとタオル…………ありがとな」
俺がピンクのそれを差し出すと、星ヶ丘はクスっと笑いながらそのタオルを手に取った。
その時、黒川が背後からやって来て、
「でも神宮寺くん、このままだと……」
そうだ、現実はキツイ。バスケ部のレギュラー、星ヶ丘花蓮でも息が切れ出す頃合い。それは向こうチームも同じことではあるが、素人の俺と黒川の分までカバーしようとする星ヶ丘の消費体力は計り知れない。
「星ヶ丘、現状はどうだ? 勝てる見込みはあるか?」
「……正直に言うと、このままやってもダメだと思う。何か違う方法を考えないと……」
この星ヶ丘が『負ける』可能性を言及するということは、それだけの状況下にあると言っても差し支えない。これまでポジティブな気持ちを失わなかった星ヶ丘。
「なぁ二人とも、今さっき考え付いた作戦なんだが……いいか?」
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