2-9

 転々と転がるボールに一番近かった黒川、星ヶ丘が指示を仰ぐ前にすでに行動を起こしていた。そうして黒川はボールを拾い、ドリブルをして目的のゴール下まで走っていく。


 ……………ハズだったのだが。


「あっ!」


 何と黒川は、これまで完璧に成功させていたドリブルを失敗、ボールを離してしまったのだ。転々と転がるボール。敵チーム、伏見咲夕が逃すことなくすぐさま拾い、パスを回してシュート。星ヶ丘の執念虚しく、見事リングへと通されてしまった。


「ドンマイ、すぐに取り返そ!」


 星ヶ丘は励ますように黒川に声を掛け、センターラインの位置に構える俺にボールを放つ。

 ボールを3回ほど床に打ち付けた俺だけど、すぐに伏見チームのヒサコが邪魔に入る。本来なら伏見のように華麗に躱してやりたいところだが、ここは手加減してやろうじゃあねえか。


 ポイ捨ての要領で、視界の端で捉えることのできた黒川にパスを回した。

 よし、黒川の周りに敵は見当たらない。伏見が向かっているようだが、距離、加えて黒川のスピードなら追いつかれることなくシュートを放てるだろう。ナイスアシスト、俺! 


 黒川は俺のパスを掴み、すぐに走り出したが、


「……ハァ、…………ハァッ……」


 次第に足の動きが止まり、ゴールからだいぶ離れているのにもかかわらず、放り投げるように俺へとパスを出したのだった。


 ぜぇぜぇと肩で呼吸する黒川。


 俺はそんな黒川に気を取られてしまい、その隙を突かれ伏見にボールの支配権を奪われてしまった。


「くっ、黒川……!?」


 一体どうしたんだ? 身体に異変が起きたのか?


「……ハァ……くぅっ、……神宮寺くん……、早く……追い……かけてッ……」


 けれども気づいた頃には、伏見はすでにシュートを放ち、見事リングのど真ん中を通過され伏見チームに得点を稼がせてしまった。

 星ヶ丘も黒川の異変をすぐ察知し、


「部長、タイムいいですか?」


 部長はピッと笛を鳴らし、俺たち星ヶ丘チームは1回目のタイムの権利を行使した。

 両手を両膝に付き、苦しそうに肩で息をする黒川紅涼。


「おい、調子が悪くなったのか? 大丈夫かよ……」

「調子が悪くなったらすぐに言ってよ! 遠慮しなくてもいいから!」


 はぁ、はぁ……、と何度も荒い息を吐く黒川。数度深呼吸を繰り返し、


「……魔法、解けちゃったみたい」


 膝から手を放し、スッと顔を上げる黒川。深呼吸のおかげか、呼吸はある程度整えられており、身体の調子が悪くなったとか、そういった類ではなさそうだ。


「……魔法? どういうことだ?」

「私、スポーツの経験全然ないから。だから――――……」

「……だから?」


「体力に自信ないわ」


 ドヤ顔で宣言する黒川。


 …………自慢することじゃないぞ。


「ちょっと待て。まだ5分も経ってねえだろ。いくらなんでも体力なさすぎじゃ……」


 袖で前髪を掻き上げつつ汗を拭う黒川は、


「体力があったら……中学の体育の成績が良かったら、今頃はワンランク上の高校に通ってるのに。それくらい体力に自信がないから」


 体力が続かなくなる=魔法が解ける……ということらしい。


「もう少し鍛えろよ。絶対に日常生活で支障がでるぞ……」

「やだ。汗かきたくないもん」


 開き直るように言う黒川。


「まあまあ、人には好き嫌いがあるんだし。私だってお勉強嫌いだし? ……ね?」


 と、星ヶ丘は黒川と俺の間にクッションを置きつつ、


「それにしては黒川さん、バスケ上手かったような気がするけど?」


 そうなのだ。いくら体力が足りないからって、あの素人とは思えないような技術力はどこから涌いてきたのか?


「見よう見真似なら……。さっきも言ったけど、特別な経験はないわ」

「……もう少し身体鍛えたら、黒川ってとんでもないスポーツ選手になるんじゃねぇの?」


 たまにいる、何でも器用にこなせる人物が。大抵は器用貧乏と名付けられるが、黒川の場合はそういった次元を超えてると思う。こんな才能、ほっとくのはいくらなんでも勿体ない。


 しかし黒川は興味なさそうに、


「汗かくの嫌いだし。それに筋肉痛もイヤよ」


 宝の持ち腐れ……、そう思う俺と星ヶ丘であった。


「それよりも善ちゃん、どうする? 作戦考える?」

「黒川がこうなった以上はな……。伏見サイドだって勘付いてるだろうし」

「神宮寺くん、人のことを足手まといのように言わないで」


 いや、その通りだろ。……とは、黒川以上の足手まといである俺に言う資格はないが。


「俺の提案なんだけど、いいか?」

「うん、善ちゃんの意見聞かせて」


 妙にウキウキな星ヶ丘花蓮。


「とにかく俺と星ヶ丘でボールを確保する。んで、黒川は徹底してゴール前で待機して、俺たちがパスしたボールをリングに入れる。これなら極力、黒川の体力を温存できる。どうだ?」


 現在の点差は『15―10』、残り時間は10分少々。体力の続く限り全力で責めれば何とか互角に持ち込める……自信はないが。


「うん、同意。とにかく私と善ちゃんでボールを支配して黒川さんに預ける。よしっ」

「……申し訳ないわ。魂込めてシュートするからお願いね」


 こうして一旦区切りを付けた俺たち星ヶ丘チーム、試合再開に心を決める。

 主審が笛を鳴らし試合再開、ゲーム開始の主導権は星ヶ丘に委ねられる。


「善ちゃん!」


 星ヶ丘は全体を眺めるフリをしつつ、傍の俺へとパスを回した。ボールを受け取った俺はすぐに向かうべき場所へと走ろうとしたが、


「させないよーだ」


 チッ、思わず舌打ち。なぜなら、伏見チームも三人掛かりで俺と星ヶ丘をマークしやがるもんでね。それも遠慮なく全力で。ゴール前の聖域、黒川紅涼には目もくれず。

 立ち往生する俺、伏見咲夕は手元のボールに焦点を定め、獲物を捕らえる獣のごとく奪おうとした。


「善ちゃん! 右が空いてる!」


 星ヶ丘は叫んだ。右? 相手ゴールにより近づきかねない状況なのに? と俺は一瞬躊躇うものの、すぐに右に注意を向けると、


「星ヶ丘!」


 その直線状、星ヶ丘花蓮が頼もしく俺にパスを要求していたのだ。冷静に俺の行動を見ていてくれていた結果であろう。

 俺は迷わずパスを出し、ボールを掴んだ星ヶ丘はそのまま敵の一人(ヒサコ)を見事なドリブル捌きで追い抜き黒川にパス。疲れがある程度抜けたのか、黒川は息を乱すことなくシュートを放ち、得点を上げることに成功したのだった。


 星ヶ丘は俺と黒川にタッチを求めてきた。


「この調子でいこう!」


 俺は星ヶ丘に手を差し出し、心を軽くしながらタッチに応えた。


 この調子でいけるはずがない、心をズタボロにされるような展開がこの後待ち受けていることを知る由もなく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る