2-8

 主審は部長が務めることになり、


「星ヶ丘さん、伏見さん。平等にジャッジするつもりだから……よろしくお願いします」

 

 しなかったらマズイだろ。ジャッジだけは俺たちの不可分領域なので、そこは贔屓なく頼みたい。


 試合形式は3on3。時間は1.5クォーター、つまり15分間。各チーム与えられるタイムの権利は2回。一人2回ファウルを取られたら退場。部長は以上のルールを試合前に告げる。

 そうしてセンターラインに整列、「お願いします」と互いに挨拶を済ませ、


 ――――――試合開始。


「よ~っし、正々堂々な試合をやろう!」


 敵陣の伏見が俺たちに拳を突き出し元気よく宣言した。


「どの口が正々堂々とか抜かすんだよ……」


 俺のぼやきは聞こえなかったようだ。

 ジャンプボールは星ヶ丘花蓮と伏見咲夕がすることになった。


「善ちゃんはボールを拾うために私の傍で、黒川さんは善ちゃんが拾ったボールをパスなりで受け取って、そのままシュートねっ」


 伏見も味方の二人に指示を出ていく。そして二人はセンターラインを隔て相対し、ピッと笛を鳴らした主審がボールをフワリと上げた。


 優に二人の身長を超す高さまで舞い上がったボール。星ヶ丘、伏見の両名はほぼ同時にジャンプ。束ねた亜麻色のロング、茶髪のポニーテールを振りまきながら二人は宙に踊る。


 先に手が触れたのは星ヶ丘。


「善ちゃん!」


 俺が陣取る位置方向にバウンドしたボール、ポンポンと小刻みに音を立てながらこちらに向かってくる。


「ヒサコはゴール前、ユカは神宮寺をマーク! 私とユカでパスを回す!」


 主導権を得られずとも落胆する気配を見せず、伏見の指示によりすぐさま動く敵チーム。ユカと呼ばれた女がすぐにこちらへと走ってきた。俺は両手でボールを掴み、スリーポイントライン付近で待機する黒川紅涼を捉え、ドリブルはせずすぐにボールを放つ。


 落ちることなく一直線に、途中で敵チームに阻害されることなく黒川の下へとボールは線を描いた。


「キャッ! ちょっ!」


 普段では考えられないような可愛らしい声をあげ、怖がるように一瞬目を瞑った黒川だが、何とかボールをキャッチしてくれた。黒川はボールを手放すことなく、3Pラインの手前ですぐさまシュートを放つ。身体の動きに合わせフワリと舞う、肩甲骨に垂れたツインテール。

 宙で弧を描くボール、――――そのままリングの中央へと吸い込まれていった。


 まさかの3点先制。


 あれ、黒川……、上手くね? ……いや、偶然か?


「……黒川、ホントに素人なのか?」

「あの程度なら授業でやったわ。……それよりも、どんな肩してるのよ。投げるならバウンドさせるか、もう少し緩めてくれないと取れないから。それと左利きなら先に知らせてよ。ビックリしたでしょ」


 手を擦りながら憮然とした表情で苦言を呈す黒川。

 たしかに俺のプレー振り返れば、焦りの気持ちからか無駄に力強く投げてしまった。だがな、俺が左利きなのは補習中に知っとけよ。


「スマン、経験上ああなっちまった。次からは気を付ける」


 プレー再開。


 伏見チームの一人、ヒサコがコート外からボールを山なりに遠くへと投げ、コート中央付近の伏見咲夕へと吸い込まれるように線を描く。


 だが、


「えいっ!」


 矢のような速度で星ヶ丘花蓮が伏見の前へと割り込んだ。いつの間に、と思えてしまうような反応速度。


 しかれど、


「させるか!」


 伏見も星ヶ丘を除けるように強引に一歩前へと踏み込み、キャッチこそできなかったものの、星ヶ丘にはボールを渡させることなく外へと払った。すかさず伏見チームの一人、ユカがバックアップ、落ちたボールを拾おうとしたが――――、


「なっ!」


 思わず、と放たれたユカの声。なぜなら、黒川が先にボールを拾ったのだから。

 黒川はボールを所持すると、パスはせずドリブルで自ゴールへと進む。その前方には敵チームの一人、ヒサコが待ち構えており、


「黒川、こっちだ!」


 コートの一番隅という目立たない位置で黒川にジェスチャーした俺。しかし黒川は俺の言葉に耳を貸すことなく、3Pラインからは2メートルほど離れた位置にもかかわらずシュート。


「黒川、無茶だ!」


 俺は思わず叫んでしまった。いくらなんでも離れすぎている。しかし、そんな忠告を無視するがごとくボールはリング中央へと吸い込まれていったのだった。


 …………マジで?


「うっ、嘘でしょ……、素人じゃなかったの……」


 背後から黒川を追いかけていた伏見。ゴールを見届けると、とぼとぼと足の動きを緩め茫然と呟いた。

 対照的に星ヶ丘は笑顔で黒川に、


「黒川さん、やるぅ!」

「まあ、この程度なら。……魔法が解けないうちだけど」


 俺も黒川の下へ歩み寄り、


「こりゃあ俺だけが足手まといになりそうだな」

「そんなことないよ! 善ちゃんもミスしていいから積極的にね!」


 流石に2回続けば、と焦りを見せた伏見咲夕。彼女は味方の二人に指示を出し、すぐさまプレー再会。


 その後も俺たち優勢で試合が運ばれた。俺ら星ヶ丘チームは黒川の予想外の活躍により、敵チームを突き放すことに成功。スコアは『12―4』となった。


 予想以上の善戦だ。順風満帆すぎて恐怖すら感じられるほどに。本当にこのままゲームは進んでくれるのだろうか? 素直に喜んでりゃあいいのに、余計な考えが頭によぎる。


 その不安は見事的中することになるのだが。


 ゲーム開始から3分が経過し、


「タイム! タイムちょーだい!」


 じわじわと開く点差に危機感を覚えたからか、伏見咲夕が審判へとタイムを要求する。伏見チームは三人で固まり話し合いを始めた。

 星ヶ丘も俺と黒川に集合を掛け、


「まだ始まったばっかだけど、今の調子でいこ!」

「だな、油断さえしなきゃ勝てる。だろ、黒川?」


 俺は黒川に投げかけた。だが、


「………………」


 あん? 返事が返ってこない。


「……黒川?」

「……えっ、ああ。そうね、油断せずに頑張りましょう」


 額に浮かぶ大粒の汗を拭い、黒川は所どころ息を乱しながらそう答えた。


「……大丈夫か?」


 そりゃあ俺よりも幾分か動いているので、疲れが溜まるのは当然のことだが。

 しかしそんな心配を払しょくするように黒川は、


「心配しなくても結構。まずは勝つことに集中しないと」


 と、ここでタイム終了。ゲーム再会。

 開始の主導権を担う伏見チームのユカは冒険をせず、近くで構える味方の伏見へとパス。パスを受け取った伏見は巧みなドリブル捌きで自ゴールへと向かって行く。


「させねぇよ」


 その瞬間を見計らった俺。ヌッと伏見の前へと壁になる。しかし、


「だから?」


 ニヤリと笑う余裕さえ見せ、ドリブルをしたままクルリと横に回転。情けないことにほんの数秒であっさり抜かれてしまった。

 やべぇな、このままじゃマジで足手まといになりかねないぞ……。


「ヒサコ、パス!」


 俺を抜いた伏見はそのまま自ゴールへとは向かわず、2メートルほど離れた味方にパスを出す。されど星ヶ丘がここでも素晴らしい瞬発力を見せ、取れはしないもののボールを横へと弾いた。


「黒川さん! お願い!」

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