2-7
本日体育の時間はなくとも、個人用ロッカーの中に上下のジャージを常時突っ込むという習性が幸いし、制服でプレーという事態は防ぐことができた。ひとまず教室で着替えを済ませ、ロッカーの香りを全身に纏わせつつ再び体育館へと戻る俺。
…………うわっ。
コート周りには多数のギャラリーが集まっていた。それも、当然ながら全員女子。部長が「本日は解散」と宣言しているのにこの集まりよう。無観客試合を想定していた俺、アウェー感満載の試合に戦意が揺らぐ。
出入口から中に入ると、女子部員たちのほとんどが俺へと注目を集める。たった一人の男ということもあり、メチャクチャ居辛さを感じてしまう。勘弁してくれよ。
と、そこに、
「神宮寺くん、準備はもういい?」
黒川はどうやら先に準備を済ませていたようだ。
「………………」
普段の制服姿とは違いジャージ姿の黒川。カントリースタイルの髪型が抜群の相性を誇る。星ヶ丘、伏見やらのスポーツ少女に比べると線は細い。ただ、胸の膨らみ方は女子高生という歳柄もあるせいか、何と言うか……発展途上を思わせ、妙に生々しい。星ヶ丘のような豊満でもなく、伏見のような洗濯板でもない。ジャージから主張される柔らかな
……イカン、そんな目で見ると黒川に不快感を与えかねない。黙って異性の身体を見るのは経験の無さを自分から話すと同義。
だがしかし。
「………………」
異性の身体をジーッと眺めていたのは俺だけでないようだ。
「……神宮寺くん、イイ身体つきしてる……」
驚いたことに、黒川は強い関心をもって俺の身体を見ているのだ。すると上目使いで、
「ふっ、腹筋見てもいい?」
「俺に脱げって言うのか……」
「ちょっと捲るだけでいいから……」
「……余計恥ずかしいわ」
だが、男として嬉しくない訳ではない。
「ほらよっ」
下のシャツごと捲って黒川が見たいものを見せてやった。
「……うわー、固い」
ツンツンと俺の腹を指で突く黒川。おい、おさわりは許してないぞ。
「むっ、胸板も……見ていい?」
「……黒川、それな、俺がお前に胸を見せろって言うようなもんだぞ」
「それは違うでしょ。じゃあキミは水着を着るときでも胸元は隠すの?」
「極論を言うなよ。こんな所で胸板晒せるか?」
これ以上長引くと注目を集めかねないので俺は幕を下ろす。黒川は不満げな顔をするが、
「本当にスポーツやってないの? 綺麗な腹筋だったけど?」
「ヒマな時は筋トレしてるからな。シマリのない身体は好きじゃねぇし。それと前にも言ったけど、今はスポーツやってないぞ。中学の時は野球部だったけど」
「じゃあ、顔のシマリも鍛えないとね」
ほっとけ、それは鍛えにくい。
俺が溜息を付いていると、近くで身体をほぐしていた星ヶ丘がジト目で、
「二人とも、イチャイチャしてないでちゃんと準備運動して! 怪我しても知らないんだからねっ!」
ビシっと指を差すのであった。
「なっ、イチャイチャなんか……ッ!?」
顔を強張らせる黒川。
俺はゴホンと咳払いを一つ、身体の筋肉をほぐしつつ、
「ついでに言うが、バスケの経験はほとんどねぇ。授業でやったときも全然ルール覚えられなかったし。黒川はバスケの経験あるのか?」
「ないよ」
即答しやがった。
「正確に言うと、授業で少しやったことあるくらい?」
授業なんぞ経験に入らん。今から相手にするバスケ部の連中と比べるなら尚更。
「俺もルールすら分かんねぇし。……大丈夫かよ、これ」
スポーツをするうえでルールが分からないのは致命的な問題だろう。戦略はおろか、初等的なミスも頻繁に犯しかねない。
「神宮寺くんは普段からスポーツを見る? 家帰ったらマンガや美少女アニメばっかり見そうな雰囲気してるけど?」
「野球、サッカー、アメフトは普段からよく見る。オリンピックも時期になれば……ってとこか? でもバスケは全く見んな。正直つまらん」
「ある程度のルールは授業中に頭に詰め込んだけど……、正直今は抜け落ちてて……」
「いくら星ヶ丘がレギュラー格だからって、3分の2が素人だとかなりキツイな……」
その時、誰かが俺の肩を掴んだ。いや、俺だけでなく横の黒川の肩にも手が添えられている。
「ほらっ、大丈夫だって。肩の力を抜いてリラックス、リラックス」
可憐な声の持ち主の星ヶ丘。絶妙な力加減で俺と黒川の肩の筋肉をほぐす。
「ルールは簡単。ボールを持ったまま移動するのはドリブルじゃないとダメ。それと、一回でもドリブルをやめたら誰かにパス。あとはスポーツマンシップに則って戦えば大丈夫だよ」
安心させてくれるように、優しい声でそう励ましてくれる。失うものは特にない俺たちのために。
負ければ大事なものを失う星ヶ丘が。
「……なぁ、星ヶ丘。――――怖くないのか?」
うん? と、とぼけたような声をあげた星ヶ丘。
「いくらなんでも理不尽だろ。お前は何も悪いことしてないってのに……」
「……それに、私たちって星ヶ丘さんに迷惑を掛けただけじゃ……。後先考えずに行動しちゃって……」
横の黒川も不安そうに呟く。
だが、星ヶ丘は、
「ありがとう、二人とも」
一言、そう言ってくれた。
「私も薄々だけど思ってた、自分がレギュラーでいいのかなって? 実は言うとね、伏見さんとあまり真っ向勝負したことなくて……。それで私がポイントガードのレギュラーを貰っちゃって……。だから、しっかりと勝負をしないと……って」
「……そうか」
「それにね、二人と一緒なら負けても後悔しないと思う。さっきは素直になれなかったけど、二人がこうしてくれて嬉しいよ。だから、余計な気は張らずにプレーしよ!」
それじゃあ星ヶ丘のために全力を出して頑張らないとな、とは恥ずかしくて言えなかった。
それでも星ヶ丘花蓮に対して失礼にならないよう、勝つために全力でプレーをしようとは心に決めた。
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