2-6

 伏見は唐突に、俺の隣の黒川紅涼に目を向けたのだ。

 友の再会を喜ぶように興味津々でポニーテールを振りまいた伏見は、


「うわー、お久しぶり。ちょっ、もしかして……、ぼっちくんのカレシ!? えー、うっそー?」


 どうして一緒にいるだけで『付き合ってる』と認定したがるんだ、こういう連中は。頭の中が男女ピンク色で染まってんじゃねぇの? 理解できないね。まぁ仕方ないか、そういうお年頃だ。


 話は戻すとして、黒川の名を出した伏見。


「あれ、黒川、……知り合いなの――……ッ」


 思わず声を止めてしまった。なぜなら茶髪ロングの女、伏見咲夕に周囲を凍りつかせてしまうレベルの冷ややかな視線を向けていたのだから。メチャクチャ怖い。


「気持ち悪い冗談はよしてくれない? 誰が神宮寺くんのカノジョですって? 言っていいことと悪いこと、未だに区別が付かないの?」


 冷たい視線に相応しいように、冷たい言葉を伏見に投げかけた。


「……、黒川も区別付けろよ」


 いくら伏見が憎いからって、そういうことを言うのはやめてくれ。

 そもそも女子に相手されること自体稀な神宮寺善慈、男としての尊厳を損なわれるような暴言には慣れていない。たとえ自分が薄々気づいていることだとしても。分かったか、黒川?


「あれれ、ツンデレ成分が増してない? つんけん黒川可愛いなー。ほほぉ、ぼっちくんの趣味はそっち方面だったか」


 ……ぼっちネタを何度も突っ込むのは野暮だと思った。だが、


「俺の名前は神宮寺善慈だ。それだけは覚えててくれ」

「なんか『ザ行』多くない? それとやたら濁った名前だと思うけど、気のせい?」

「べっ、別にいいじゃねぇか……。…………俺もそれ、気になったことあるけど」


 それに高宗な名前であるので、名前負けしないように頑張るのもちとキツイが。両親が期待を込めて名付けてくれた名前なので大事にしようとは思う。


「ねぇ、神宮寺くん」

「あっ、あああ、スマン!」


 低重音な黒川ボイスに、その迫力に、思わず全身の筋肉が強張る。

 そんな俺たちを見てクスクス笑う伏見だが、


「で、お二人はどうしてここへ? まさかの体験入部コースご希望だったり?」


 冗談めかしく笑う伏見咲夕。しかしながら黒川紅涼はすぐには返答せず、明確に伏見を見据えると、


「伏見さん、自分がレギュラーになれないからって星ヶ丘さんレギュラーに嫌がらせをするのはやめたら? ……って忠告をしに来たんだけど」

「…………なっ」


 目を見開き、一歩引き下がる伏見咲夕。ピクピクと眉を痙攣させたが、数秒の沈黙の後、


「ま、まぁ……ほっ、ほっしーはさぁ…………うっ……………………上手いよ? だっ、だからって……嫌がらせなんて……」


 上手い、の一言を言うのにどれだけの時間が掛かってるんだ。星ヶ丘を認めたくない気持ちが丸分かりである。


「お前、分かりやすいな」

「ハァ!? 分かりやすいってナニ!? 偉そうにすんな、このヒキコモリ予備軍!」

「じゃあ星ヶ丘に訊いてみろよ。自分は嫌がらせなんかしてないって」

「……ハァ? どーしてンなことをわざわざ訊かなきゃダメなの? ね、部長?」


 ここまで置いてけぼり気味だった部長さんだが、


「……伏見さんがスキンシップだと思ってても、星ヶ丘さんが嫌がれば……ね?」


 チラリと星ヶ丘を見る部長。当の星ヶ丘は困惑気味。

 伏見は奥歯をクッと噛み、逃がれるように斜め下を向いた。自分から星ヶ丘に訊こうとする気配が一向に見られない。

 業を煮やしたのか、黒川が、


「星ヶ丘さんはどう思う? 星ヶ丘さんが嫌じゃないって思ってれば、私たちが勝手に騒いでるだけになるから……」


 そりゃあそうだ。ほぼ確実に嫌だと感じているだろうが、肝心の星ヶ丘自身の気持ちを基本に考えなければならないのだ。


「わっ、私は…………」


 伏見と似たように目線を下げながらも、やがて顔を上げて、


「伏見さんとはライバルでいたいと思う。だから、コートで勝負しよ? それ以外で争いなんか……。だから、ああいうことはもうやめない? ……ねっ?」


 そのように、確かなる自分の想いを告げたのだった。


「だ、そうだ」


 優しい性格の星ヶ丘なので言い方は濁してあるが、要は『コート以外でくだらねぇコトすんな、控えごときがレギュラーの邪魔をするな』、ということだろう。

 さて、星ヶ丘自身も伏見の行為を嫌だと感じているのは確か、ということは確認できた。


 さぁ、どうする、伏見咲夕よ?


 星ヶ丘本人にここまで言われたらもう言い逃れはできないだろう。


「じゃあさ、そこまで言うなら今からコートで決着付けようよ」


 伏見は星ヶ丘花蓮を指差し、気の強さを感じさせる目つきで堂々と宣言してのけた。


「おい、ちょっと待て。どうしてお前に主導権がある。テメェが嫌がらせをしなければいい、それでいいだろ?」


 だがしかし、伏見はニヤリと不敵に笑って、


「神宮寺は関係ないじゃん。これは私とほっしーの問題なんだし。そーれーにー、私は嫌がらせなんてしたつもりないしー」

「ハァ? 理不尽にも程があるだろ。俺が関係あるとかそういう問題じゃ――……」


 その時、黒川が俺の肩を叩いて、


「まぁ、悔しいけど伏見さんの言う通りね。神宮寺くん、私たちがこれ以上とやかく言う権利は無し」

「そうそう、ほっしーの意見を尊重しやがれ。てかほっしーもさぁ、レギュラー様なら控えの挑戦をふいにはできないよね? まさか怖気づいて逃げることなんて……なーいーよーねっ?」


 ……伏見の言い分はアレだが、たしかに星ヶ丘の意見が何よりも最優先だ。


「星ヶ丘、どうする?」


 しばらく考え込む素振りを見せる星ヶ丘花蓮ではあるが、


「分かった。今からコートで決着付ける」


 伏見は不敵な笑みを崩すことなく、


「私たちが負ければ土下座でも靴舐めでもしてあげるよ。だけどその代わりぃ……、私たちが勝ったら私がレギュラーでいいよね?」

「……うん、それでいいよ。私が負けたら伏見さんがレギュラー」


 伏見の願いは流石に理不尽だと思ったが、星ヶ丘が承諾したのならしょうがない。……が、


「コートで決着って何をするつもりだ?」


 俺はバスケットボールのことは詳しく知らないので、どのような試合方法があるのかは検討が付かない。単純にシュートの本数を競う方法も考えられるが、ポジション的に二人がシュート能力を重視されない立場なら違う方法でなければならないだろう。


「3on3で決着を付けようよ。ほっしーはそこのお二人さんとチームを組んで、私があの二人とチームを組む」


 前者のお二人とは、俺と黒川紅涼のこと。では後者のお二人とは……、


「待て、バスケ部二人と組むなんてズルイだろ」


 先ほど伏見が一緒になって星ヶ丘に嫌がらせをしていた二人だった。当然バスケ部所属。


「だいじょーぶ、ちゃんとハンデは考えてあるからそう焦らずに、ね? 私たちのシュートは全部2点でカウントするから。たとえ3Pスリーで得点しても入るのは2点、いいでしょ?」

「ほっ、星ヶ丘……。何を言ってるか全然分からん」


 バスケの得点ってサッカー形式じゃないのか……。ルールが全然分からんのでとりあえず星ヶ丘に尋ねた。

 コイツ大丈夫かよ……、と僅かに顔をしかめた星ヶ丘ではあるが、


「えっとね、ゴール下に何本かラインがあるでしょ。で、特定のラインの外からシュートすれば3点が入る。逆にライン内、つまりゴールから近いシュートは2点。分かった?」


 コートを見やれば、波紋のごとく重なりあうように引かれた多数のライン。色で判別可能ではあるが、プレー中になると判別が付くもんなのかね?


「それじゃあ決まり。ふんっ、見せてやるんだから、私が上だってことをね」


 そもそも、どうして俺がバスケ対決に参加しなければならないんだ、という文句を吐きたいところだが、みっともないので呑み込むことにする。腹を決め、とにかく足手まといにならないことだけを念頭にプレーしようと心に決めた俺であった。

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