2-5
部長と思われる人物は壁に背中をくっつけ、二人の部員と談笑をしていた。黒川が率先してその部長の下まで向かう。
「待て黒川! いきなり俺たちが行っても適当にあしらわれるだけだっ。もう少し準備をしてから――……」
早歩きでもなく、怒ったようにズカズカと歩みを進めている訳もない。バスケ部の活動に支障をきたさないように体育館端を普通に歩いているだけなのに、その後ろ姿からは妙に冷静さを欠いた印象を受けた。
「星ヶ丘さんのためにさっさと済ませたほうがいいでしょ? キミは女の子をじっくり苦しめることに快感を覚えるタチ?」
半数は部室に籠ると言え、残りの女子バスケ部員の視線が次第にこちらに集まってくる。しかし黒川はそんな注目を気にも留めない様子で部長の下に歩み寄り、
「ねぇ、あなたが女子バスケ部の部長?」
仁王立ちし、肩に下げたツインテールの片方をバサッと払った彼女。
声を掛けられた彼女は部員との会話を止め、驚きつつ黒川に向き、
「えっ、ええ。あなたは?」
と、見知らぬ黒川に対し素性を明かすように求める。ところが黒川は、
「伏見咲夕が星ヶ丘さんにしていること、――――知ってて見過ごしてるでしょ」
黒川が放ったのはドが付くほどの直球。
「ちょ、黒川! 流石に失礼だ! それに、相手は先輩だろ?」
教師(榊原海音だけだが)に平気でタメ口をつく俺が言うのもアレだが。
黒川は俺に対し、刺すようにジロリと睨みを利かせ、
「キミは黙ってて。今はこの人に話を付けてるの」
「………………」
情けないことだが、これ以上は何も言えなかった。目つき、怖すぎる。
部長さんはあちらこちら視線を泳がし、
「……えっ、ええ……ううん? 同級生同士、良きライバルじゃない……かな? 現時点では星ヶ丘さんが一歩リードしてると思うけど……」
「誤魔化さないで。あのバカは星ヶ丘さんにボールをぶつけるし、あまつさえ孤立させようとさえしてるの。部長ならしっかりと見てるはずでしょ?」
「……え、ええっと……。そのぉ……」
……あぁ、俺は察した。どうして星ヶ丘が嫌がらせを受けるハメになっているのかを。
部活動に限ったハナシではないが、スポーツ活動において集団を纏めるリーダー的存在が必ずいるものだ。たとえばこの女子バスケ部では、俺の目の前にいる人物がそれにあたる。
普通、部を纏める、率いるための能力はスポーツの技術と一線を画す。考えてみれば当たり前だ、求められているモノが違う。野球、サッカー、バレーボール、テニス等々……どのスポーツでも同じ。
黒川を前にし、部長は相も変わらず、
「……えっとぉ、星ヶ丘さんは特に相談してこないし……。もし相談があるようなら……」
と、黒川でないにしても、そのシドロモドロな対応にはイラッとくる。
話を戻すとしよう。
その理論で考えれば、レギュラー格でない部長というものが存在するはずなのだ。
だがしかし、俺はそんなリーダー、滅多に見たことない。大抵は一番でなくともレギュラー格の人間。なぜかって? そりゃあ実力がなきゃ部員に示しが付かないからさ。それだけじゃなく、誰もリーダーに立候補しない場合は実力の高い人間が任命されることさえある。
このメガネを掛けた、いかにも気の弱そうな部長もその一人なのだろう。気弱で部を纏めあげる能力に欠けていそうでも、こうして部長という役職を担っているということは、要はこの人が部内での一番、またはそれに近い実力者。
と、そこへ、
「ぜっ、善ちゃん!? どっ、どうしてここに?」
その呼び方、可憐な声の主。星ヶ丘花蓮はピンクのタオルで顔の汗を拭きながら、唖然とした顔つきで俺たちを見ていた。
教室で見せるような自然体の亜麻色ロングではなく、後頭部を簡単に黒のゴムで縛っている。服装は白の半袖のスポーツウェア。スタイルの良さがクッキリと出ている。
「あっ、ああ。ちょっくら邪魔してるわ」
星ヶ丘のことが心配になってここに来ました、とは口が裂けても言えん。
さて、どう言って星ヶ丘を納得させようか……と考えていると、星ヶ丘の様子が少し変化し、
「……えっ、くっ、黒川……さん……だよね? な、なんで善ちゃんと一緒に……?」
隣の黒川を見て目を丸くしたのだ。
「黒川のこと知ってるのか? 知り合いだったか?」
「え……、だって有名でしょ? とんでもなく可愛いって噂で。私も初めて会ったけど。…………でーっ、どうしてお二人さんが一緒にいるの!?」
ぐんぐんこちらへと歩み寄り、最後の一言は語尾を強めて言う。パッチリと大きな瞳が俺の汚い目と重なる。オイ、だから顔を近づけるなって。
「ちょっと事情があってな、詳しい話は榊原海音に訊いてくれ。ま、黒川に直接訊いてくれたほうが早いか」
と、黒川にバトンタッチしようとしたものの、
「イチャコラしに来たワケじゃないでしょ、神宮寺くん?」
「してねぇよ! ……ほら黒川、さっさと本題を星ヶ丘に話せ」
「もう、シリアスな空気読んでよ。こんなトコで雰囲気をピンクに染めて、……んもぅ」
黒川は文句をぶつぶつ呟くものの、やがて標的を星ヶ丘へと変え、
「訊きにくいことだけど……いいかしら? 星ヶ丘さん、伏見咲夕のグループから嫌がらせを受けてない?」
「…………え?」
そう声をあげた星ヶ丘。確認を取るように俺を見てくるが、俺が黒川に視線をくれると、
「……そっ、そんなこと……ないよ!」
「ボールをぶつけられたりしていたのはこの目でハッキリと見たけど?」
「…………………………」
星ヶ丘は静かに顔を伏せた。
「……それで、二人はどうしてここに?」
黒川が俺の代わりに、
「ここ最近、女子バスケ部絡みで気になることがあって……」
「……まぁ、星ヶ丘の様子が少し気になった、ってのもある」
あくまでも気になった、だけだからな。心配とは言ってないぞ?
星ヶ丘は顔を上げ、
「善ちゃんは余計な心配しなくていいよ。そんなことでイチイチ関わらないで」
不満げな表情でそう言ったのだった。
「ああ? 別にお前のためだけじゃねーよ。色々とヤバそうな女子バスケ部の人間関係も見ておきたいってのもある」
「……う、うん……。でもぉ……」
らしくなく、弱弱しく呟く星ヶ丘であったが、
「――――あっれ~、ぼっちくんじゃーん? アハハ、どしたの? 女の子漁りに来ちゃった?」
…………この声は。
頭を掻きながら声の方向を振り向いてみれば、
「ぼっちのクセにやるじゃん、女子の花園に足を運べるなんてさ。意外に肉食系? ま、美少女確率はソフトボール部より断然上でしょ」
茶髪のロングは昨日のように靡かせることなく、後頭部を少し複雑にゴムで留めていた。いわゆるポニーテールというヤツである。
渦中の人物――――伏見咲夕。ういーっす、と体育会系のノリでこちらに歩み寄ってくる。
黒を主体とした半袖のスポーツウェア、ベージュのセーターに比べれば身体の線が強調されていた。それにしてもやはりバスケ部所属であるからか、その辺の女子、例えば黒川紅涼に比べれば体格はいい。洗濯板ではあるが。
「だから俺はぼっちじゃねえつってんだろ。何度言えば分かるんだ」
やめてもらいたいね、いくら冗談でも。星ヶ丘や黒川に誤解されると困るもんで。
と、俺をからかい半分で笑っていた伏見だが、
「あっ、黒川じゃんっ」
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