2-4

 男子バスケットボール部は体育館の右半分を、女子バスケットボール部は左半分(檀上側)を拠点として活動していた。

 それにしても、男女どちらも精力的に活動していますわ。声を張り、汗を流し、顔程の大きさを持つ褐色のボールを必死に追いかけている。


「いかにも青春してます、ってカンジ。見てて羨ましく思う?」


 そんなバスケ部の活動を、体育館のギャラリーで眺める俺と黒川紅涼。


「羨ましくなんて思えんわ。あんなに走り回って……地獄だろ。それにレギュラー争いは精神的にキツイだろうし、試合に負けりゃあ辛い」

「この根性なし」

「実際にやればそんな感想しか出ねぇよ。喜んでやれるのは天才かマゾだけだ」

「そういうこと言うから根性なしって言われるのに」


 黒川に色々と言いたいことはあるが、本題はそこではないだろと判断し、


「ここまでおかしい点は見当たらんな」


 5対5の試合形式の練習を繰り広げているようだ。チームが赤と青のビブスで区別されている。青チーム側にはあの星ヶ丘花蓮の姿も含まれていた。必死に声を出し、指示を出し、動き回りと熱心にゲームに取り組んでいる。それに、


「星ヶ丘さん側のチームがレギュラー格のようね」


 ルールも知らんような俺が見ても、その二つのチーム間には明確な実力差が感じられた。


「ああ、だろうな。動きのキレが違う。連携も滑らか。スコアを見ても明らかだ」


 それにしても、これがギャップってヤツだろうか? 昨日今日と見てきたあの星ヶ丘花蓮とは違い、凛々しい面持ちで汗を流す星ヶ丘というのはなかなか乙なものだ。あの天真爛漫さとの差、いわゆるギャップ萌えというヤツか。星ヶ丘花蓮が醸し出す萌え成分の比率としては、数十パーセントの可憐さ、数十パーセントの憧れ、それに数パーセントの嫉妬成分で構成されているのかもしれん。詳細な比率は『ラブコメ研究会』の皆さんに出してもらうとしよう。


「なにデレデレしてるの? 落ち着け、ヘンタイ」


 マジかよ、そりゃあ気色悪い。俺はすぐに表情筋を引き締め、


「ヒマだったから星ヶ丘について色々と調べてみたんだけど、興味あるか?」

「せっかくだし、聞いてあげてもいいけど?」

「なんつー上から目線、……まぁいい。中学時代、星ヶ丘は女子バスケ部でキャプテンを務めて、何と全国大会までチームを導いたらしい。そんで、全国の高校からスカウトされたらしく、有名な学校からもいくつかハナシが。でも、本人は実家から近いって理由で学校ここを選んだらしいな」


「スポーツ推薦でこの洛葉学校に入ったの?」

「そういうことだ。勉強は苦手らしい」


 その時、コート上からピッと甲高い音が鳴り響いた。


「ゲーム、終わったみたいだな」


 再び女子バスケ部に目を向けてみると、センターラインに整列した互いのチームは軽く礼をし、そのまま解散。各自休憩を取るために持ち場へと移動していた。

 その中の一人、星ヶ丘花蓮もタオルで汗を拭きながら移動をしていたのだが……、


「あっ、…………」


 どこからかフワリと飛んできたバスケットボールが星ヶ丘目掛けてぶつかった。剛速球が投げられた訳ではないので、そこまで痛そうにはしていないが、ぎこちない動きでボールの放たれた方を見る。


「……ねえ、神宮寺くん」


 黒川も察したようだ。


「……ああ、ありゃあな」


 とりあえず俺は星ヶ丘に注視してみる。


 ……あれは堀田さんか? 昨日鍵探しの頼みをしてきた女子バスケ部。汗を流してお疲れの星ヶ丘に話し掛けようと近づいたのだが、その前に彼女は別の人間に話し掛けられた。結局、堀田さんと星ヶ丘が会話をする機会はなかった。


「……黒川、今のどう思う?」

「計算しての行動、じゃないの? 堀田さんが声を掛けようと分かってての行動……。上から見てれば一目瞭然ね」


 黒川は冷静に述べた。だが冷静に取り繕いはしても、その顔には嫌悪感が隠しきれていない。それにほんの僅かだが、コート上に投げかけられる眼光は強く、奥歯も軋ませるように噛んでいる。


「まだあんなことやってるんだ、あのバカは」


 誰でもない、黒川の一言。


「どっ、どうした?」

「……いえ、ちょっと知った顔が見えたから」


 その知った顔とやらが果たして誰なのかは判別できない。少し気にはなったが、今は星ヶ丘を優先する。


「……大体掴めてきたぞ」


 星ヶ丘の周りを観察してみると、どうやら三人の女が嫌がらせをしているようだ。


「それにしても、どこにでもおるんだな、ああいうのって……」


 もっとやれ、なんて応援は微塵もない。俺も黒川と同様だが嫌悪感は涌く。ああいう行為が巡り巡って自分に還ってくることも知らずに……よくやるもんだ。


「つーか、顧問やコーチはいねぇのかよ」

「普段はいるけど、いない時を見計らってああいうことをしてるんじゃない?」


 なるほど、そりゃあそうか……と思いつつ、あの三人の女ら、そこに焦点を合わせてみる。そしたらその中には…………、


「アイツは……」


 俺も見知った顔が一人その中にいた。名前はたしか……、伏見咲夕だっけか? 昨日俺が桜の下で待ち合わせをしていた際、初対面の俺に暴言を吐いた女。茶髪のロング、キリッとした目つきが特徴的な典型的ギャル女。


「……あんなくだらないことしてるからいつまでも…………。ったく……」


 嫌悪感を一層強め、そう放つ黒川。


「神宮寺くん、――――下へ行きましょう」


 そう言って黒川は元来た通路を引き返そうとした。


「オイ、どうするんだ?」


 俺が止めると黒川はすぐに立ち止まり、スッと振り返り、


「そんなの決まってるでしょ? 部長に話を付けに行くのよ」

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