2-3
まさかとは何だ。そんなに俺が女にモテる男だと言いたいのか?
まぁ、気を取り直すという意味合いを込めて、黒川の淹れてくれたコーヒーを口に流し入れることにする。不満げな様子を見せていたから毒を盛らずとも、コーヒーに何かしらの細工を仕掛けたんじゃないかと内心警戒しつつ、黒い液体を味わうように口の中で巡らせる。
「安心して、毒は盛ってないから」
「ああ、やっぱうめーわ。どんな淹れ方をすればこんなに味が良くなるんだ? 香りだって引き立つし」
昨日と何ら味は変わらなかった。コーヒー特有の苦みと、その特徴を消さない、むしろ活かすような砂糖の甘味が口に広がる。たかがインスタントコーヒー、なんてバカにはできない。
「お湯の温度、砂糖の量、それに注ぎ方……、これさえ気を付ければ誰でもできるわ。けど、ベストを見つけるのは難しい。抹茶や紅茶もそうだけど、理想に近づけることはできてもベストな状態は簡単じゃないの。ま、それが面白いんだけど」
「茶道なんて地味だとばっかり思ってたが、結構奥が深そうだな」
地味と言ったら俺と相性が良いのではないか? しかし、いくら地味と言えど興味の薄い活動にわざわざ時間は費やしたくないがな。
「野球やバスケットボールのように複雑さはない。だからこそ、単純だからこそ突き詰めれば奥は深くなる。興味があったら一度やってみたらどう?」
黒川はそう話すと、堀田さんが昨日のお礼に差し出してくれたクッキーに手を伸ばし、鞄から取り出した雑誌(今日は女子高生らしく、普通の洋菓子を特集した雑誌)に目を通していくのであった。
「………………」
「………………」
流れるのは沈黙。
だが、今日は全然気負いしないね。それどころか、目を瞑って物思いにふける時間も妙に心地よく思える。今日の出来事、家に帰ってからのこと、そして明日の展望でも考えていると………………眠くなる。
春の陽気が気持ちいい。時間帯も相まって次第に瞼も重くなり、脳の活動も徐々に緩くなる。
黒川もわざわざ起こそうとはせず、ただ雑誌を捲る音が響くのみ。もし目の前の女が星ヶ丘花蓮であったら、こんなにもウトウトすることはなかっただろうに。
………………星ヶ丘花蓮?
あ、そうだった。
「あぁ、黒川。少し相談に乗ってくれないか? 星ヶ丘花蓮のことなんだけど?」
黒川は顔を上げて、
「あら、星ヶ丘さんが夢でお出迎え? よかったね、夢でも逢えて。で、どんな格好でどんなシチュエーションだったかを私に当ててほしいと?」
「まだ寝てねーよ」
「それで、星ヶ丘さんがどうしたって?」
俺が部長に報告をしに行った時のこと。星ヶ丘に俺を目立たせないように配慮してくれ、という文句を放った時、星ヶ丘花蓮が「…………善ちゃんもそうなんだ」と放った際の沈んだ表情が全てを物語っている。別に星ヶ丘とは友達でも何でもないし助ける義理なんて俺にはないが、気にならないと言えば……まぁ、嘘になる。
「なんつーか…………、星ヶ丘の様子がおかしかった……っていうか、なんというか……」
「様子がおかしい、と言うからには普段の様子も熟知してないとそうは言えないんじゃない?」
「……ごもっともなんだけど、それが目立ったんだよな。アレだ、教室前で篠宮と話してる時だ。星ヶ丘が俺に抱き着いてきただろ?」
黒川は勘弁してくれよと言いたげに、
「おのろけならノーサンキュー」
「のろけてねーよッ」
ともかく、俺は気になった点の詳細を黒川に語った。
黒川は何も言わずにコーヒーを口に含み、しばらくして、
「以前男の子と交際していて、何かが原因で破局した経験があった。だから男の子の神宮寺くんにも拒絶されて、『キミも私を拒絶するんだ……』。そういう解釈はどう?」
「アイツって男と付き合ったことあるのか? ……あー、一回もないって言ってな、そういや」
ついでにあの強烈な一言も思い出す。
「それなら……、家庭で悩みがあるとか、学校生活で悩みがあるとか……。前者なら私たちじゃどうにも……」
前者に心当たりはないが、後者の学校生活、俺には一つの懸案事項があった。
「星ヶ丘はバスケ部の人間なんだ。女子バスケットボール部」
ピクリと細い眉を動かす黒川紅涼。
「……そう。それなら問題アリね」
ここ最近になってだが、女子バスケットボール部の良い噂は聞いていない。近年までは全国大会に進むほどの強豪だったものの、ここ一年は県大会ベスト16止まりという結果しか残せていないらしい。今年度からバスケ部の推薦入試枠の考え直しという案も出ているとか……。
「ただ勝てなかっただけなら話はそれでおしまい。――問題は勝てないマズイ原因が存在するのか、でしょ?」
そう、黒川の言う通りだ。単に試合に勝てないだけならしょうがない部分もある。途中強豪に当たれば負ける可能性は高い訳だし、それに勝敗だって運が絡むことはよくあるしな。
「女子バスケ部の人間関係でイイ話は聞かん。隠れて嫌がらせなんてハナシも……証拠はないけどそんな噂も聞いたことある」
「それに昨日の堀田さんも、三日前の件も女子バスケ部絡み。星ヶ丘さんの様子も、もしかしたら部活絡みなのかも」
そう言うと、黒川は残りを飲み干すように長くカップに口を近づけ、そして、
「行ってみない? 女子バスケットボール部に」
おもむろに立ち上がると、俺に向かってそう言い放ったのだ。
「いっ、今から行くのか?」
「前々から女子バスケ部は気になってたし。その視察を兼ねてっていうのもあるけど。あ、強制はしないから」
黒川は机に出された菓子やら雑誌やらを片付け始める。
「待て、俺も行く。星ヶ丘以外にも女子バスケ部で気になることが俺もある」
補習前には思いもしなかったことだが、こうして俺と黒川は体育館へ行くことになった。
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