1-10

 堀田さんは俺たちに礼を言った後、帰宅のために教室へと戻っていった。残った俺と黒川は、


「それじゃ、仕事は済ませたし解散ってことでいい?」


 もうするべきことはないので、黒川の言う通りこの後は解散になるだろう。


「ああ、特に用事はないからな。このまま帰るわ」

「明日も補習あるからね。サボらずに来ること、いい? 来なかったら榊原先生に報告するんだから」

「へいへい、分かってますよ。明日も放課後だな」


 さてと、と思ったけど、荷物を教室に置きっぱなしだったことを思い出す。しまった、荷物ここまで持ってこりゃあよかった。黒川はちゃっかり自分のスクールバッグを持ってきているというのに……。


 そんな後悔をした時だった。


「バイバイ、神宮寺くん。また明日」


 黒川紅涼は振り向きざまに、小さく手を振りながらそう言ってくれた。イタズラっぽさを含ませない、口元を綻ばせた笑みで。


「あ、ああ、……じゃあな。帰り、気を付けろよ」


 ……なに声を上擦らせてんだか。別れの挨拶ごときでどうしたんだ、俺。


 まあでも、妙に嬉しい気持ちになったのは事実だ。



 高校一年生が終わり、二年生となった記念すべき本日。これまでのクラスの端で過ごすような地味な生活から一転……とは言いすぎだな。


 だけれど、これまで視界に広がっていた灰色とは違う、あの桜の木のようなピンク色の片鱗が見えたのは本当だ。たった一日の感想だが、もしかしたらそのピンク色の景色というヤツが「青春」というものなのかもしれない。ほんの一端を見て思ったことだから真実はどうだかは知らん。普段経験しないからバカみたいに舞い上がってるだけかもしれんし。


 まあ……だけど、これだけは言える。


 そんな一日も悪くはない気がするってな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る