1-9
なっ、聞き違いか? 俺の耳がおかしくなったのか?
だけれども、黒川はそんな俺の憶測を否定するように、
「実は今まで陰からキミを見てきて、ずっと想いを胸に秘めていたの……」
桜の色に重ねるように頬をほんのりとピンクに染め、上目使いでそう告げた。俺以外の誰でもない、この神宮寺善慈に向かって。
「…………………………」
思考が停止する。何も考えられなかった。あまりのことに突然すぎて。
いや、待て。俺がこの黒川紅涼と出会ったのは本日が初めてであり、『ずっと想いを胸に~』とは矛盾する。……いやいや、あくまでも俺が知ったのは今日が初であり、黒川紅涼が俺を知ったのは今日より前、ということであれば矛盾しない。だが、こんな俺のどこに惚れる要素がある? だから今の告白は黒川の演技で――……。いや、もしかしたら――……。
その時、
「…………ふっ、……ふふっ…………」
棒立ちでゴチャゴチャと思考を巡らしている時だった。
黒川は口元を隠しつつそう漏らし、
「告白され慣れてない男の子がいざ告白をされる時ってそんな反応するんだ、って。なんかほんと、童貞拗らせてキモチワルイ……」
「……あっ、ああ。ハァ? マジな告白なんざ最初から思ってなかったさ……。ナニ言ってんだコイツ、って面食らっただけだよ。ハッ、ハハハ…………」
虚しい乾いた笑いが響いた。
「ごめんなさいね、からかっちゃって。今のはなかったことで」
本当に何もなかったかのように表情を整え、しゃがみ込んで再び鍵探しを始めた黒川だった。
ったく、数学教師の榊原海音といい、この黒川紅涼といい……、どうしてこうも俺の純情な心をおちょくるのかねぇ。悪質度は黒川のほうが断然アレだが。
アァ? もう気にしてねーよ。ただ、もし俺以外の誰かが被害者になっていたら、ソイツは大きな心の傷を負っていたのかもしれないと考えるとゾッとしただけだ。あのラブレターといい、今回の嘘告白といい、俺が被害者でよかった。…………よかった。
まぁ、少しだけ「青春」を味わえたのは悪い気がしないのかもな。
ともかく思考を一旦リセットし、俺も性悪陰湿ブラック女と同様、再び鍵探しに取り掛かる。依頼主、堀田さんの気持ちも汲んでやらねば。
しかしながらあの告白を忘れようと目の前の作業に取り掛かっても、なかなか頭から離れようとしない。まったく、クールで孤高な女だなと思っていた反面、意外と人を弄ることが好きらしい。
一人で作業をし続けていても顔の熱が消えそうになかったので、
「黒川は部活に入ってないのか? 週五で補習を受け持ってんのか?」
俺は新たな話題を導入することにした。黒川はチラリとこちらを向き、
「一応は茶道部に入ってるわ、週一回の活動だけど。あ、言ってなかったけどその関係で金曜日は補習お休み。予定表は明日渡すから」
茶道部……、すぐに連想したのはあのコーヒーの味。
「今時の茶道部はコーヒーの淹れ方も扱うモンなのか?」
「あんまり型に当てはまらないのよ? 抹茶以外も飲むし、コーヒーやジュースだって。みんなお菓子も好き勝手持ち込んでる。楽な活動よ、お茶の淹れ方を練習して後は自由時間だし」
「……そうか」
黒川は俺の顔をピンポイントに捉えて、
「……どうしたの? 浮かない顔してるけど。さっきのこと、まだ気にしてる?」
「……そうか? 普通じゃね?」
いや、見抜かれてるな。
どうやら黒川紅涼には、隠し事というものは通用しないのかもしれない。
「そんなに大きな悩み事じゃあないんだが、まぁ、ちょっとな……」
自分から部活動の話題を振っといてのザマだが、勝手に思い出した悩みのようなもの。
黒川は芝生を弄りながら、
「話を聞くだけなら大丈夫よ。解決しろって言われたら難しいけど」
黒川はそう言ってくれたので、
「俺もさ、一応は部活に入ってるんだよ。人間関係を解決する部なんだけどよ……」
「知ってるわ。ちなみに、キミの部の部長さんとは中学が一緒で今年も同じクラスね。話は戻すけど、どうしてキミがそんな活動を?」
「俺が一年生の時、高圧的な二年連中に悩まされててな、ナニ俺たち一年に仕事を押し付けて遊んでんだって嘆いてたんだよ。でも色々あって俺たちは文句が言えなかった。だけどそん時、
「意外と立派な心意気。それで? まさか部内の人間関係に悩んでる、って悩みなら本末転倒だけど……」
「それは大丈夫だ。部員は四人で気楽にやれてる。ただ、最近になって思い始めたことなんだけど……」
俺は簡単に思考を整理し、
「もしかして俺って、単に感謝されたいとか、イイ人アピールのために活動してんじゃないかって思い始めたんだよな」
「つまり言いたいことって『自分の活動は、結局は自己満足じゃないか』ってこと?」
「要はそういうことだ」
別に日常生活が手に負えなくなるほど悩んでいる訳ではない。スマホでもパソコンでも弄っている最中に、ふと考えてしまう程度のモノだ。
だから黒川に「その程度自分で考えて」と言われても、その言いように怒ることなく適当に納得して、文句も言わずに鍵探しを続行しようと思っていた。
だが、
「神宮寺くんの悩みはね、解決された側の人間からしたらどうでもいいことなんじゃないの?」
「…………どうでもいい?」
「そう、どうでもいいの。解決された側は喜ぶだけで、神宮寺くんの思うことなんて考えない。依頼節はキミを偽善者だとは思わないだろうし、手伝ってくれてありがとう、解決してくれてありがとう……、こう思うだけでしょ」
黒川は自分の言葉を俺に述べてくれた。
「それにね、鍵探しをして思ったことだけど、神宮寺くんって『優しい』人だなって。ちょっぴり文句も言ったりして素直じゃないところもあるけど。でも、赤の他人のためにわざわざ時間を割いて鍵探しするなんて……ね?」
黒川は飾ることなく、そっけなくそう言ったのだ。
そして。
「さっき私は暇潰しなんて言ったけど――……」
黒川はその場を立ち上がった。右手には光を反射させる何かを持って。
そのまま黒川は、自転車置き場付近を隈なく観察している堀田さんの下へと歩み寄り、
「これじゃない? 堀田さんの探していたものって?」
堀田さんはピタリと動きを止め、すぐに黒川の右手にあるものを確認し、
「こっ、これだよ! あたしの鍵!」
堀田さんは目を見開くと、渡されたそれを大事そうに胸元へと押し当てた。
――――どうやら当たりを引いたみたいだ。
黒川紅涼は顔だけを背後の俺へと向け、
「……――こうやって喜んでもらえるのは嬉しいなっていつも思うよ。それに、それが楽しみでキミも活動してるんじゃない?」
口元を綻ばせて、彼女はそう言ってくれた。
「ふんっ、そりゃあそうだ。当たり前のことだよな、ンなことは。ったく、何を悩んでたんだか、俺は……」
黒川紅涼の伝えたかったこと。
そんなのは…………。
「ありがとう、紅涼ちゃん! それに神宮寺くん! 手伝ってくれてありがとう!」
十分に分かったよ、堀田さんの喜ぶ顔を見ればな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます