1-8
「神宮寺くんが手伝う必要はないのに。もう補習は終わったから帰ってもいいのよ?」
ポカポカと陽気な春の下、黒川紅涼は紺のブレザーを脱ぎ、上は白のブラウス姿で駐輪場前にやって来た。
ちゃっかり俺も来たワケであるが、
「いや、暇だからよ……。それに……まぁ……、鍵を失くすのは結構大変だし……」
「なにも恥ずかしがらなくても。もっと堂々と言えばいいのに」
「うっ、ウッセーよ。指摘しなくてもいいわっ」
俺と黒川、そして依頼主でもある堀田歩夢さんも約束通り集合する。場所は二年生の自転車置き場前、ちょうど体育館裏に位置し、現在人の数は見られない。ただ、体育館やグラウンド方面からは部活動と思われる精力的な声が響く。
「前回はここで見つかったの」
黒川が指摘した場所は、特別何かを隠せるような場所ではなく、ただ多数の自転車が並んでいる場所だった。鍵を探すなら並ぶ自転車が邪魔になるだろうが、上からざっと眺めていけばすぐに探し物は見つけられるだろう。
「まずはこの周辺から探してみよっか」
「あーそれじゃ、あたしが自転車置き場を見てくよ。この広さなら一人でも5分くらいあれば判別できそう。二人はあの芝生の上を見てきてくれないかな? あの辺は上から眺めるだけじゃ難しそうだし……」
堀田さんが指摘した場所は、自転車置き場の横に広がる緑の芝生い茂るゾーン。たしかに、芝が邪魔になって身長ほどの高さから見ているだけじゃ鍵の有無は判別できそうにない。近距離で地面を眺めなければ探し物の判別は難しそうだ。
「そうね、そっちのほうが効率良さそう」
とにかく方針が決まったので、俺たちは本格的に鍵を探すことになった。
俺は芝生ゾーンまで足を運んで腰を折り、芝の上を軽く擦るように鍵を探し出していく。まったく、えらく伸びた芝生だな。景観を保つために定期的に芝刈り機で整えてほしいモノだ。公立の高校だから金銭的に厳しい面もあるだろうが、その辺りはしっかりとしてほしいね。いくら偏差値は良かろうが、校内が散らかっていては新入生も幻滅するだろう。
ふと眼差しを地面から横へと移すと、黒川紅涼が俺と同じように屈みながら芝生に目をやっている。カントリースタイルの黒髪を垂らし、芝生を手で簡単にかき分ける彼女。
すぐに黒川は気づき、サッと膝を締め、
「パンツ見ないでよね。いくら私が屈んでいるからって」
「み、見ねーよ!」
だがそう言われると妙に意識してしまうのが人間の性。言われなかったほうが黒川にとってよかったのかもしれないぞ。
まあ気を取り直して、再び芝生に目をやりながら、
「なぁ、黒川って補習以外にもこんなことやってるのか?」
何となくだが思ったことを尋ねてみた。
黒川も芝生に手を掛けながら、
「単なる暇潰しよ、こういうことはね。もちろん補習が優先だけど。ただ、補習が終わった後でのんびりしていれば……ってときに。別に誰かを助けたいからって動く人間じゃないし」
「ま、そんなもんか」
と、俺たちの間を入るように堀田さんが離れた場所から、
「紅涼ちゃん、色んな人に顔が利くんだよ~。紅涼ちゃんは素直じゃないから言わないけど、きっとみんなと交流を楽しんでるんだよねっ」
クールな黒川にしては珍しく、目線を下げ少し頬を染めて、
「そ、そんなんじゃないからっ。私はただっ……、頼まれれば時間も潰せるし……」
「恥ずかしがる必要はないだろ。もっと堂々と言えばいいだろ」
俺が言えば、黒川は大きくて黒い目を細めてこちらをじーっと睨む。ふん、さっきのお返しだ。まぁ、俺が素直だとか言えた義理じゃないが。
黒川は軽く咳払いを済ませ、
「桜が綺麗ね」
唐突な感想だな。照れ隠しがバレバレだ。
「はんっ、黒川も案外可愛いヤツだな」
…………なに言ってるんだ、俺。言った後で後悔の気持ちが襲ってきた。
黒川も呆れ返ったように、訝しげに小顔をこちらに向け、
「……可愛い? 口説いてるつもり? 女子の取り扱いが苦手じゃなかったの?」
「ほっ、ほらっ……、猫とか見て可愛いとか思うだろ? あんなカンジのヤツだ」
「人を猫扱いするほうがよっぽど失礼じゃないの? それに私は猫より犬派よ。猫はうるさくて噛みついて頭が悪くて嫌いだし」
「……じゃあ、犬とか見て可愛いとか、そんなカンジのヤツだ」
黒川は溜息を付き、やれやれといった調子で、
「根本的な部分が改善されてないから。好きだからって犬扱いされて喜ぶ人がいると思う? なんだ、やっぱり女の子の扱いが苦手なんだ。安心したわ」
ハハッ、そんなこと黒川に安心されようが不安がられようが俺にとっては関係ないんだな、コレが。まったく、お節介焼きな女だぜ。……心の中で寂しく強がってみる。
「……せめてハムスターくらいは…………」
「ん、何か言ったか?」
「言ってないから! ほら、さっさと鍵を探す! バカ神宮寺!」
しまった、怒らせてしまったようだ。やはり慣れない女子との会話、多少黒川と接することには慣れたと思ったが、根本的な部分ではマズかったらしい。
「……桜、綺麗だな」
しみじみと呟く俺であった。
けれども、ここで一旦会話が途切れると思ったら、
「神宮寺くんは、どうして桜が綺麗だと思った?」
黒川紅涼はそんなことを尋ねてきたのだ。
「……綺麗な理由? そりゃあ…………ピンクだから? ピンクで一面が染まるから?」
我ながらしょうもない回答だと思った。上手な返しがすぐに思いつかなかったから、伏見咲夕という女に出会う前に考えた感想を咄嗟に口に出したのだが。
ひょっとしたら『小学生並み』と弄られるんじゃないかと構えたが、
「なんだ、神宮寺くんと一緒か」
「…………?」
「ううん、訊いたことに深い意味はないよ。ただ、散りゆく様が儚げだとか、花びら一つの最期を見届けられるからだとか、そんなことを言う人が多いなって。私、飾ったような感想がそんなに好きじゃないから……」
「ああ、それ分かる。なんか格好付けたみたいだよな、そういう感想って」
「うん、そうそう」
そうして黒川はおもむろに立ち上がり、
「さてと神宮寺くん、桜の話ついでになるけど、この桜の木の噂をご存じ?」
傍の桜の木に手を掛け、黒い瞳を向けそう俺に尋ねる。
「ああ、耳が痛くなる噂だな。口にするのも嫌になるくらいだわ」
黒川はクスっと笑って、
「ありきたりだよね。この木の下で告白すれば、その二人は必ず結ばれる……って」
どこの誰から聞いたか定かではないが、この季節になると毎年のように流れるのだろう、その噂は。今年はまだ聞いていないけど、昨年の入学した直後だったか? 耳にした覚えがある。この高校三年間で一度たりとも縁があったらラッキーだ、という感想も考えつつ。
それにしても、どうして黒川はそんなことを俺に訊く?
「あれ? 女の子が男の子に、わざわざこんな質問をする意図が分からない?」
淡い桜の花弁とともに、暖かな風がフワリと黒川の髪を擽った。流し目で俺を捉えるその仕草、舞い散る桜を背景にし、妙な色っぽさを感じられた。
「どっ、どういうことだ……?」
なぜか分からないけど、喉から出る言葉が若干上擦る。
だけれど黒川はそんな俺をからかいもせず、静かに目を閉じ、間を楽しむように黙って風と桜の香りを感じ、
「好きよ、キミのことが」
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