1-7

 黒川はムッとしたようにピンクの唇を尖らせ、ビシっと俺に指を差し、


「黙れ、神宮寺善慈。それは女の子に言っちゃイケナイことだからッ。体重もスタイルもちゃんと考えてるもん!」

「あ、ああ……。そりゃあよかった……」

「まったく……、キミは女の子が苦手そうだとは思ったけど、デリカシーもないの? 男の子としゃべってるんじゃないから、体重だとかデリケートな話題は慎みなさい!」


 最後は腕組みし、見下ろすがごとくキッと強い眼つきで苦言を呈すのであった。

 本日二人目だ。女子との会話作法を指摘されるのは。


 俺はやれやれと思いつつ、


「分かったよ。今度から気を付けとくよ」

「数学もそうだけど、そういったお勉強もしっかりしないとね」


 そういうことで討論も一段落し、


「そろそろお開きとしましょうか」


 自分のカップは自分で洗ってね、と黒川が言ったところだった。

 ガラリと戸が開かれる音が聞こえた。音の方向に首を動かせば、俺と黒川以外の第三者がこの教室へと入ってきたのだ。


 それも女子。


「やっほー紅涼ちゃん! 今は補習中じゃないよね? 補習中だったら失礼!」


 入ってきた女子生徒は制服を着用せず、ピンクのスポーツウェアを着用していた。スポーツマンなのか、髪は首から肩に掛かる程度で、前髪が簡単に髪飾りで留めてある。


 これまたキュートな声での元気いっぱいな自己紹介。こりゃあ厄介だ、どうやって絡めばいいか分かんねぇ。ある意味での星ヶ丘花蓮側な人間の雰囲気は感じる。


「あれ、堀田さん? どうしたの、バスケ部の活動は?」


 堀田さんというバスケ部所属らしい彼女は困ったような顔で、小遣いを頼み込むように胸元で両手をパンッと合わせ、


「ごめん、紅涼ちゃん! 今ピンチなんだ!」


 詳細を伺うためか、堀田さんは先ほどのコーヒータイムをしていた机へと案内される。俺は帰っても良いのか判断が付かんので、とりあえず黒川の行動を追っていく。


 堀田さんは一瞬俺を見やり、


「……そちらは? 補習の子?」

「うん、彼は神宮寺善慈くん。今日から補習を受けにここへ」

「……あ、神宮寺善慈です」


「へー、男の子も来るんだ~。あたしは堀田ほった歩夢あゆむ、よろしく!」

「男子は今回が初めて。まぁ、榊原先生の勧めなら危ない人じゃないと思うけど……」


 危ないという基準は何だろうか? 


「教室に男女二人、言わなくても意味は分かるでしょ? 自分の挙動も含めて」

「見るからに女子が苦手そうだからな。悪かったな、こんな挙動で」


 俺と黒川のやり取りを見るや否や、堀田さんはクスクスと笑って、


「よかったよかった、紅涼ちゃんがうまくやれそうな相手で」


 黒川は取り乱すことなく黒の前髪を手で払って、


「わざわざ私の心配はしなくても大丈夫。それよりも堀田さん、ピンチって?」

「あっ、うん……。その、自転車の鍵を失くしちゃったんだ……。大変なお願いってのは十分承知なんだけど……、その…………、探すの手伝ってくれないかな?」


 これまた大変な相談だ。自転車の鍵を失くすとは……。この広い校内を隈なく探し回らなければならないのか?


 しかれども、黒川紅涼は一切嫌な顔を見せることなく、


「いつ頃失くしたとか、分かる範囲でいいから詳しく教えてくれてもいい?」

「うん。あたしね、ポケットの中だと落としそうだから、いつも財布の中に鍵を入れてるんだよね。バスケ部でもそれが流行ってるからあたしもって。で、今日も鍵抜いてすぐに仕舞ったハズなんだけど……。でも、さっき鍵を取り出そうとしたら財布の中にもポケットの中にも無くて……」

「あー、俺の経験なんだけど……、実は鍵を掛け忘れてて、んで誰かがイタズラでどっかに捨てたってこともありえるんじゃないか?」


 と俺が言うと、黒川が訝しげな表情で、


「神宮寺くん、いくら女の子に振り向いてもらえないからって、そうやって目立つのは……」

「黒川って国語できないタイプだろ」


 チッ、と露骨に嫌悪感を示すような音が聞こえた。今の、黒川の舌打ちだろ、オイ。


「ごほんっ……、しっかり鍵を掛けたってことは言える?」


 堀田さんはうんと頷き、


「自転車置き場でしっかり鍵を掛けた感触は残ってる! そんで、ちゃんと財布の中に入れたって言えるよっ」


 ここまでキッパリと言えるなら、本当に財布の中に鍵を入れたのだろう。だけど失くした。矛盾している。


「実は……、」


 黒川が注目を集めるように、重みを付けるように呟き、


「三日前にも鍵探しのお願いをされて……。堀田さんと同じバスケ部の子からね」

「えっ、うそ!」


「本当よ。あの時は単純にあの子の過失かと思ったけど、…………こうも続くのはおかしい」

「……そんな。あんまり考えたくないけど、まさか…………」


 どんよりと暗い面持ちで顔を伏せる堀田さん。それ以上は何も言わないが、その気持ちはこちらにも十分伝わってくる。


 鍵を失くしたことよりも部内に疑わしき人物がいる、その点に気を重くしているのだろう。たったそれだけだが、この堀田歩夢さんは『人柄の良い人』なのだと思えた。


「それで黒川、三日前は見つけられたのか? じゃなかったら今から探しても見つかる可能性は低いだろ」

「三日前は見つかったわよ。自転車置き場の辺りを15分くらい探してたら……。隠したってよよりも普通に落ちてた、ってのが私の印象」


 ならば探せば鍵は見つかる、黒川と堀田さんはそう判断し、これから鍵探しへと移ることになった。

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