1-6

 場所を教室の隅、廊下側ではなくグラウンド側へと移し、俺と黒川紅涼は二人きりでコーヒーブレイク。男女二人が教室でコーヒーを飲む、想像したことのないシチュエーションだ。モテる男ならそのまま男女の付き合いにでも発展していくのだろうが、残念ながら操作キャラクター『神宮寺善慈』ではそのようなビジョンは見えない。


 黒川はポットからお湯を無地のカップに注ぎ、マドラーで程よくかき混ぜ、


「はい、どうぞ。火傷しないように注意してね」


 差し出されたのは至って普通のレギュラーコーヒー。

 余程のことがない限り不味くはないだろうとは思いつつ、慣れないコーヒーを一口。


「…………」


 黒川は訝しげに、心配そうに俺の顔色を伺い、


「……あれ、失敗しちゃった? それともお口に合わなかった?」

「いや、こんなにうまいとは思わなかった。コーヒー飲み慣れてねぇけど、ここまで飲みやすいとは……。苦味が良いなんて思ったのは今日が初めてかもしれん……」

「よかった、コーヒーの淹れ方には自信あるの」


 ぶっちゃけコーヒーなんて所詮苦いだけの液体だと思っていたが、目の前のそれは程よい甘さと苦さがマッチした嗜好の味だった。


「あっ、そうだ。昨日貰った差し入れがあるんだけど……」


 黒川は立ち上がり、近くの机の中に手を突っ込み、隠すように仕舞ってある袋を取り出し、


「コレ、知り合いがくれたお菓子。なんでもコーヒーにマッチする甘さだって。しまった、ならコーヒーもう少し苦くすればよかったかも……」


 机に置いたのは一口サイズのチョコパイが多数入った袋。黒川は封を開け適当に数個机にばら撒き、俺は好意に甘えて一つ手に取り、小包の封を開け口に運んでいく。あぁ、チョコの甘さがコーヒーの苦みにマッチする。


 すると黒川は席の戻る直前に自身の鞄の中から一冊の雑誌を取り出し、椅子に座るとコーヒーを含みながらそれを読みふけていく。


 ならば俺はと言うと、


「……………………」


 どうしようか、何もすることがない。菓子を口に含んで何かしていますアピールをしていても、それではすぐに限界が訪れる。

 俺と黒川しか居ない教室、雑誌のページを捲る音だけが室内に響き渡る。


「……………………」


 とりあえずグビっとコーヒーを口に含んだ。

 黒川の姿でも観察してみるか? 外見は素晴らしいし、何時間見ていようが飽きは訪れないだろう。だが、会ってまだ時間の経っていない女子をジロジロと観察するなど俺にはできるまい。ならば目でも瞑って瞑想でもしてみるか? しかし、一人目を瞑っているのは滑稽で――――……。


 と、余裕なく思考を巡らしていたその時、黒川はスッと顔を上げ、


「もしかして気まずい、って思ってる?」

「……おっ、いやっ…………」


 図星だったので言葉が詰まった。だがしかし、俺とは対照的に黒川は優雅にコーヒーを一口含み、


「余裕のない男の子」


 ページを捲りながら簡素に一言、俺に浴びせたのだった。


「……悪かったな、余裕のない男が一緒で」


 黒川はチョコパイに手を掛けつつ、


「気まずい、なんて思う必要なんかないのに。会話がないから居づらいなんて決め付けちゃダメ。もっと心に余裕を持って、静かな時間を楽しむ……そうでしょ?」

「……俺、何をすればいいんだ?」

「その程度は自分で決めてよ。私に縛る権利はないし。あ、下品な行為はダメだから」


 と、黒川は呟きつつ、


「コーヒーを口に含みながら一人考えを巡らせるのもいいし、外の桜を見ながら感傷に浸ってもいい。スマホでネットサーフィンも面白いだろうし、今日の補習の復習をするのも有効な時間の使い方。何なら、私とおしゃべりする?」


 最後の一言を、口元を少し緩めるような笑みで告げた。俺は僅かに顔を逸らす。


「私はこうやってゆっくり過ごすのが好き。一人でも二人でも……」


 目を瞑り、コーヒーを一口含んでそう呟く黒川紅涼であった。

 何と言うか、その振る舞いは気品に満ち溢れている。あの星ヶ丘花蓮を『動』と評すならば、黒川紅涼はまさに『静』。本当に同級生か、年を誤魔化しているんじゃないか、とさえ思えてしまう。自分のガキっぽさも相まって、それくらい黒川紅涼が眩しく見えた。


 …………黒川の読む雑誌の表紙さえ見なければ。


「さっきから気になるんだが、どんな雑誌読んでるんだお前…………」


 うん? と不思議そうな顔で、黒川は翻すように雑誌一面を俺に開いて見せ、


「激甘スパゲティパフェの特集だけど何か?」

「…………おっ、おう」


 彼女の言う通り、ページ一面にはとある店のとあるスイーツ特集が載っていた。……って何だコレ!? 紫、緑、黄、赤と色とりどりなスパゲティの上にアンコや生クリーム、各種フルーツが盛り付けてられた、いかにもゲテモノだと主張するようなスイーツばかり。


 雑誌の表紙から察するに、その激甘スパゲティパフェやらを問わず様々な特殊スイーツを特集している雑誌のようだ。写真を見るだけでも胸やけがしそうになる。


「……そういうの好きなのか?」


 黒川は憮然とした顔つきで、ジト目で俺を睨み、


「好きだけど何か文句あるの?」

「い、いやッ、意外だなって。黒川みたいなヤツって何となくハンバーガーも食べたことなさそうだとばかり」

「女子高生に幻想抱きすぎ。スイーツくらいみんな好きだから。それにハンバーガーだって週一回は学校帰りに食べてるわよ。あんまり私を舐めないでよね」


 舐めてねーよ、と思わず心の中でツッコミを入れる。


「他にもアイスクリームにぜんざい、チョコレートにシュークリーム、スナック菓子、それに菓子パン…………みーんな大好きだけど文句あるの?」


 黒川は指を折って数々挙げた食べ物の種類を数えつつ、


「ホント、甘いものって何であんなに魅力的なのかしら? 話はズレるけど、甘いものに『甘すぎない』って紹介をするのは失礼だよね? 神宮寺くんもそう思わない? 甘いものに甘くない呼ばわりするのはとっても失礼! 神宮寺くんもそう思わない!?」


 二度訊くなよ。


 これまでのクールな雰囲気から外れ、興奮を交えつつ口にする黒川。それに、黒川が妙に活き活きして見えるのは俺だけか?


「そんなのばっかり食べてると太らないか? ほらっ、砂糖の量ヤバいだろ。こんなの食べ続けると絶対に寿命縮めるね」

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