2章 彼女は可憐に咲く花のように
2-1
翌日。
一年時の数学の成績が芳しくなかったため、放課後、その総復習のために補習を受けることになった俺こと神宮寺善慈。それにより所属する部活には一週間ほど出られそうにないので、一応部長にはその報告をすることにした。
授業間の休憩時間を使い、下の階のクラスに所属する部長に会いに行く。目的の人物は廊下側に居たので、誰かを利用し彼を呼び出す必要がなかったのは幸いだ。
「おお、神宮寺じゃねぇか。どうした、友達できないから寂しくなったのか?」
整髪料でその茶髪を整えた我が部の部長――
「ふん、それは大丈夫だ、心配せんでもいい。それよりも部活のことで話がある」
「ああ、榊原センセイから話は聞いたぞ。一週間は補習で忙しいらしいな。ま、イイ機会だと思って補習に集中しろよ」
篠宮はチラリと背後に目配せした。どうした? そう思って視線を追ってみると、
「……黒川」
ある程度離れた場所でも、それが誰かとすぐに分かってしまうほどに整った顔立ち、落ち着いた雰囲気を纏う俺の補習の先生、黒川紅涼がそこには居たのだ。
黒川の様子を気づかれないよう伺ってみれば、目立ちはしないものの(容姿は別)友達らしき女三人と椅子に座って話をしているようだ。
「黒川が気になるのか?」
「ああ、いや……。ちゃんと話し相手がいるかどうか気になっただけだ。ま、俺が心配する必要なんざどこにもないけどな」
黒川には聞こえないように声のトーンを落として俺は言った。
「黒川のこと好きなのか?」
何でそうなる、お前は小学生か。
報告を終え、これ以上篠宮と話すようなことはなかったので、
「じゃあな、他の部員にも伝えといてくれ。新しい環境に馴染めなくて不登校になった、って思われても文句は言えん。面倒だから誤解だけはさせるんじゃねぇぞ」
不登校なんて一度も経験ないけどな、とは一応付け足したが。
「おうよ、補習頑張れよっ」
篠宮も別れの挨拶をくれ、そうして俺は自分の教室へ戻ろうとした。が、
「あ、善ちゃんだっ! やっほ~!」
突如聞こえた女の声。澄み切った元気のよい声が廊下へと鳴り響く。
一斉に廊下の人間、加えて教室前の人間が振り返るようにその声に注目を集めた。
無性に嫌な予感がする。
いや、予感では終わらなくそれは的中した。
「奇遇だねっ。善ちゃんも下の階に用があったの?」
星ヶ丘花蓮。
名前に冠してある『かれん』という響きが完璧に似合いそうなそのルックス、立ち振る舞い。男を惹こうだなんて一切考えてないであろう笑みが、余計に男を惑わせてしまいそうだ。
亜麻色のロングの髪を靡かせ、ドラマのヒロインのごとく俺へと近づいてきた。
「ちょッ、近い、近い!」
俺は両手で自分の顔を遮った。なんせ、星ヶ丘がくっつくほどに顔を近づけて俺を覗き込んでくるもんで。アイドルと称してもおかしくない可愛らしい顔立ちが数センチ先に構える。
それに制汗スプレーだろうか? 柑橘系の甘い香りが鼻を擽った。変な緊張と胸の高鳴りが俺を襲う。
「そんなに戸惑わなくてもいいじゃん、もうっ。もっと女の子慣れしないとダメだよ?」
星ヶ丘はクスっと笑いながら「えいっ」と俺の額を軽くデコピンした。
傍の部長、篠宮天?が「信じられねぇ……」と言いたげに、怖いほどの真顔で、
「マジかよ、神宮寺にカノジョができたのかよ……。ありえねーわ……」
「ハァ!? 勘違いするなよ、星ヶ丘はカノジョじゃねーから!」
と俺が言えば、星ヶ丘は不満顔で俺の腕にギュッ~と抱き着いて、
「ひっどーい! 事実じゃなくても、そーゆーこと言われたら素直に喜ばなきゃ。女の子だってそっちのほうが嬉しいんだよ? それに、私のことはほっしーって呼ぶ約束をしたでしょ!?」
「バカ、お前……ッ! ちょっ、離れろって!」
制服越しに感じる、シマリのある筋肉質な腕、そして大きく柔らかなそれ。
周囲の関心が一層集まってくる。それも、街中で人目を問わずイチャイチャするカップルを蔑視するような冷たい眼光を交えながら。いや、補足を加えるならば、その視線はなぜか星ヶ丘には向かわず俺にだけピンポイントで集まるのだ。オイ、どうしてだ。
「ハハッ、そんなに恥ずかしがるなよ。立派なカノジョじゃねーか?」
「だから違うっつってんだろ……」
「えへへ、善ちゃんとは幼馴染なんだ。ずっと前だけど一緒におうちに帰ってたんだよ」
「別に馴染んでねーよ」
「えー、馴染んでたじゃん? よく二人きりで帰ってたよね?」
それはない、いくらなんでも盛りすぎだろ。外は『危ないおじさん』が浮浪している可能性があるから、登下校中は必ず三人以上で帰りなさいと学校側から命じられていた。それでも星ヶ丘が脳内で二人きりを印象付けているのならば、その三人目(あるいはそれ以上)の影は俺以上に薄かったことになるだろう。それは矛盾している。
「善ちゃん、カッコよかったんだ。私のために立ち向かってくれたりして」
星ヶ丘は何とも嬉しそうに自慢げに話す。
……ま、その記憶が印象に残ってるなら、少なくとも星ヶ丘の中の俺は影が薄い、地味な存在ではなかったらしい。ただ、それはあくまでも昔の神宮寺善慈であり今の俺ではない。
それよりこれ以上過大評価されても気恥ずかしさが募るだけなので、弁解をするために意識を篠宮に移そうとした、――――した時だった。
俺の視界が篠宮の延長線上を偶然にも捉えてしまった。
「………………」
その延長線上には――――黒川紅涼。
黒川はクラスメイトとの会話をやめていた。その代わり俺に、まるでその辺のゴミクズを見るような冷たい視線を浴びせてきたのだ。いっそのこと、怒るように睨んでもらったほうが嬉しく思えてしまうほどに、その視線は冷たい。
……ついには黒川と目線が重なってしまい、
「…………チッ」
気のせいかもしれんが、ここまで届くような乾いた舌打ちを鳴らしたのだった。
星ヶ丘が黒川のことなど気にも止めず、
「どしたの、善ちゃん?」
パッチリとしたキュートな目を向け、優しく言葉を掛けてくれるのは嬉しいのだが、
「俺は目立つのが好きじゃねぇんだ。……だからあまり俺を目立たさないでくれ。そんな絡み方をしてくれると助かる」
俺を幸せにしたければ、できれば陰で俺に話しかけてほしいものだ。もっと言えば女子と正面向いて会話をするのもなるべくは避けたいのでメールを推奨する(何様だ)。
星ヶ丘はどうせ「む~っ、もう少し男らしく堂々としなよっ」と俺を咎めて、これにて一件落着。そう思って咎められる覚悟をしていたが、
「…………善ちゃんもそうなんだ」
小さく目線を落とし、しかめるように眉を僅かに寄せたのだ。あの星ヶ丘花蓮からは想像できないような表情、仕草。
「ど、どうした? 俺、そこまで酷いこと言ったか?」
いや、流石に傷つく一言だったかもしれないと反省したが、
「いっ、いや……何でもないよ! うん、大丈夫っ」
すぐに星ヶ丘は笑みを取り戻した。だけど「なんだ、何にもないのか。よかったよかった」と素直には思えなかった。
しかれど、しつこい詮索は星ヶ丘にも失礼なのでこれ以上は何も言わないことにする。
周囲の痛い視線、それと同時に何よりもキツイ黒川紅涼の視線を気にしつつ、俺と星ヶ丘花蓮は教室へと戻るのであった。
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