1-3
放課後。
本日は始業式ということもあって正午前に授業は終わった。ただ、俺の一応の友達である川名の知り合いらしい、今年度から同じクラスになった
それにしても桜が綺麗だな。春の暖かな風に吹かれつつ桜を眺めるのは乙である。
と、なぜ俺がこうして外で眺めているのか? それは、川名がせっかくだから外で昼食でも食べないか? と意外にも誘ってきたからだ。であるからして、ただ今俺は残りの二人と外で待ち合わせ中。購買で昼食を購入する二人とは違い、俺は弁当持参だった。
ああ、やっぱり桜は綺麗だ。ピンクの花吹雪で一面が染まるのはやはり美しい。自称通な人間は、『舞い散る』というのはある意味での一期一会を表し、だからこそ美しく感じるのだ、と勿体ぶって言うのであろう。でも俺はそんな面倒な思考などできん。
とまあ、至極どうでもいいことを考えていると、ピンクが引き金になりふと思い出した。俺はポケットから折り畳まれたそれを取り出す。
ピンクの便箋。
こんな桜の木の下、ピンクの塵が舞吹雪く下のベンチに座って一人ラブレターを読もうとする俺は、傍から見れば青春に染まる一人の男子なのかもしれない。こんな安価でカットされた乱雑な髪ではなく、もう少し爽やかにかに整髪料で整えられた髪型をフワリと靡かせば完璧じゃないか? ルックスに関しては他人の判断を仰ぎたいところだが。
だがしかし、現実は囲碁・将棋という趣味を持つ友達とその友達をただ一人待ち侘びながら、トラップかもしれないと疑いつつ便箋を破る男が一人ここに居るだけだ。
髪に落ちた桜を適当に薙ぎ払い、ビリビリと便箋の口を破る。そうして中身を確認してみると、そこには一枚の紙が。紙を取り出して文面に目を通すと、
神宮寺善慈くんへ
こんにちは。
私、ずっと前からあなたのことが気になっていたの。問題に直面したとき、あなたはよく頭を抱えていたね。でもあなたが頑張って出した回答、そして結果……、ずっと頭から離れません。
私の気持ちは本当だから。
放課後、あなたに会いたい。
榊原海音
と、丸みを帯びた、いかにも女子高生です! という字体で書かれていた。
「………………」
無言でビリビリとその手紙を縦に破った。次に両断された手紙を重ね、再び真っ二つに破る。そうして便箋ごとクシャクシャに丸め、ポケットにそれをねじ込んだ。万が一のため、処分は家で行うことにする。
「……あぁ、こんなことだろうとは思ったさ」
…………それにしても、なんて回りくどいことしてくれてるんだよ、あの女は。
ったく、何てことを……。思春期男子の純情を弄ぶことは絶対にやってはいけない禁忌。この手紙を受け取ったのが俺で良かった。
さて、あの星ヶ丘花蓮にはどう報告しようか……、なんてことを考えていると、
「あっ、ぼっちはっけーんッ!」
何だ何だ? やれやれと頭を掻きながら声の方向を向いてみれば、
「あははっ、一人ぼっちでやんの~、地味ぼっち!」
三人の女子、そのうちの真ん中の一人がケタケタと俺に指を差しながら笑っているのだ。
腰にまで掛かりそうな茶髪のストレート、額には白のカチューシャ。目元はパッチリとしているのだが、同時に鋭さも含ませ、気が強そうといったような印象を受ける。
一人だけ紺のブレザーを羽織らずベージュのセーターを着る女。身長はあの星ヶ丘花蓮と同程度か? 平均に比べるとやや高め。掌の半ばまでの長さの袖を握り、スカートの長さは太ももがチラリでは済まないレベルで見えるほど。その外見、見覚えはない。ま、こんなギャルっぽい女、脳内で検索するまでもないが。
「別にぼっちじゃねーよ。待ち合わせしてるだけだ。つーか、一人で何しようが俺の勝手だろ」
ハッ、困るね。集団じゃないと行動できないこういうアホは。数人で群れていることにステータスを感じてるヤツ。
それと余談だが、一人ぼっちのことを『ぼっち』と表現するのではなく、『スタンドアロン』と表現したほうが俺の好みであったりする。
「って、誰だアンタ? 俺に何か用か? 俺を罵倒したいようならその辺の石ころにでも言ってな」
その女は両手を腰に当て前屈みに、露骨に顔を歪めて、
「ハァ!? この私を知らないぃ? ちょっと、ちゃんと学校に来てたの?」
「知るか。タレントじゃあるまいし」
両サイドの女はクスクスと俺のことを笑う。結構イラつくからやめてほしい。
真ん中の女は自信満々を表現するように、今度は慎ましげな胸を少し張り、
「ふんっ、
テメェの名前ごときに俺の貴重なメモリを使う必要なんかねぇんだよ。勝手な指図は慎んでいただきたい。
「で、結局何の用なんだ? 一人をバカにしに来たんならそれはお門違いだな」
美少女ゲームならこのような『劇的』な出会いもフラグの一つなのであろうが、現実は単なる迷惑。
「あー、ひょっとして友達いる系? でもさ、そのお友達くんとは適当に友達のフリしてるだけじゃないの? ふふんっ、ぼっち怖いもんね~」
「別にそんなことねーよ」
ああ、うっとおしい女だ。さっさとどっかに行け。
そう思いつつアイツらはさっさと来ないだろうか、と視線を伏見咲夕から移してみると、
「……あっ、もしかしてアレがアンタの友達? うわっ、絶対にカノジョいないっしょ! 湿度高そっ」
伏見も俺の下にやって来る二人の存在に気が付いたようだ。
「……左の男は知らんが、右の男はあんまり悪く言わないでくれ。たしかによく分からん部分もあるけど、結構いいヤツなんだ……。ハナシも面白いし……、困ったとき手を貸してくれるし……」
「うわっ、キモッ。あーあ、キモイこと聞いちゃって損した。こんなことなら絡まなきゃよかった」
伏見という女は存分に傲慢っぷりを見せつけたのち、
「あっ、私あっちに用があるから。二人とも、先に戻ってて」
もちろん俺にではなく、両サイドの二人に向かって言う。こうして伏見という女は俺の前から消えていったのだった。
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