1章 対照的な彼女らとの出会い
1-1
始業式という、ある意味では担任発表がメインとも言えそうな行事を終え、水の流れに乗るように俺は新教室への帰路を辿る。安心したことに、一年時に同じクラスで交流のあった
「痛ってッ」
オイ誰だ、俺の足を踏みやがったのは。
何せ一斉に体育館から全校生徒が解き放たれたモンで、廊下の人口密度が高い状態ではあるが……。さっきから肩やら腰やら度々衝突があるのはまだいいとして、足を踏みつけるのはやめてほしい。
「あ、ゴメンね」
知らん女がテヘっと舌を出して、そのまま人の海へと消えていく。
まあいい、話を元に戻そう。
しかしまぁ、浮足立つ連中が多いこと。新年度による新クラスへの移り変わり、これまで馴染みのなかった人間と早速交流できることは凄い。異性と積極的にコミュニケーションを取ろうとするのは尚のこと。ボソボソと春休みの出来事を話す俺たちには無縁の世界だ。気楽に越したことはないが。
教室はまだか……、と人混みにウンザリしていると、
「…………おっ?」
前方にいる一人の女に思わず視線を追ってしまった。
隣の男が「どうした?」と訊くので俺は「……何でもねぇ」と答えて濁した。
背中中段から下段にまで掛かるストレートの亜麻色の髪。後頭部辺りの洒落た髪飾りが光を眩く反射する。彼女がふと横を向けば、そのパッチリとした可愛らしい瞳、整った鼻立ちなど、全体の一部しか覗くことができないのにもかかわらず、その顔立ちの良さが存分に伝わってきた。
見覚えのある顔だ。随分と昔ではあるが、互いに交流をしていた時期もあった。
――――けれども、どうやら今の俺とは住む世界が違うようだな。
星ヶ丘の周りには途切れることなく人が集まってくる。それも女だけでなく男も、自然に。しかも星ヶ丘は、寄ってくる連中が誰であろうが愛想よく笑顔で相手にする。地味な俺たちとは対照的な空間がそこには広がっていた。
もちろん俺のようなシューティングゲームの的にされるようなことはなく、見えないバリアを張るがごとく、誰にも邪魔されず神のごとく廊下を歩いているのは当然。
「お前はさぁ、あの星ヶ丘花蓮と話したことはあるのか? 委員会で一緒に行動してただろ?」
川名は一回もないと答えた。そりゃあ残念。じゃあ俺も今年一年、星ヶ丘花蓮と会話すことはなさそうだ。
いや、別に僻みなどではない。ギャルにチャラく声を掛けられるような男になりたいとは思わんし、中心に立って目立ちたいとは思わん。影の差すこのポジションが一番心地よい。
あーあ、勿体ねぇよ。素直にそう思う。それは川名にではなく星ヶ丘花蓮に対して。だって川名の話は面白いし。下らん女子の情報を寄こそうとする、美少女アニメに頻出する主人公の親友A的な男ではないことは確か。もし隣の男がそのポジに付いているのなら、例えば男に寄ってたかって告白され、その度に苦言を呈しつつ確実に男を振る『氷の女王』という異名の……名前は忘れたが……、的な話題で今はハナシが弾むのだろうか?
ただ、いくら話が面白かろうがこの男がクラスで主役になる場面は見たことない。はて、一体何が足りないんだろう? 主役になるためにはトーク技術以外にも必要らしい。
けど、その答えはあの星ヶ丘花蓮を見ていれば分かる。
そしてそれを考えると今一度、そんな星ヶ丘と地味な俺が触れ合う機会なんて今後そうはないのだろうと、しみじみ思うのであった。
新教室に着き、とりあえず俺は席へと座ることにした。周りの連中はここでも新しい人間関係をつくろうと必死さを見せている。
しまったな、一人ポツンと黙って座っているのは案外目立つ。変な視線は避けるに限る、ということで、かったるいが俺も席を立とうと思った。のだが…………、
「…………何だこれ?」
腰を浮かした際に気が付いた。
机の引き出し口にピンクの紙が見えたのだ。前の人間の置き土産か? と思ってそのピンクの紙に手を伸ばすと、それは単なる紙ではなく、
「……こりゃあ」
思わず声に出てしまった。なぜって、それは便箋だったから。差出人の名前を見ようとしたら、丁寧な文字で『神宮寺善慈くんへ』と、明確に俺の名だけが書かれている。つまり誰かがこの手紙を、この机が俺の机と分かって入れたのだ。
…………オイオイ。
この便箋にこのシチュエーション。ってことはつまり…………、ラブレターか?
「……ふふっ」
誰にも気づかれる前にさっと机の中に、隠すように仕舞う。教室でビリビリ破って開封する訳にもいかない。もし青春ドラマだったら、屋上で風に吹かれながら丁寧に封を破るのが様になるが(実は学園のアイドル的女子からの恋文で、自身への想いを伝える内容だと知った際、どうしようかと物思いにふけ爽やかに天を仰ぐ、こんなシーン。キャー!!)、生憎この学校の屋上は許可がないと入れない仕組み。仕方ない、便所にでも立てこもって妙な音を立てずにこっそりと開封しようじゃないか。それにいくら外装がそれっぽくあろうが、中身が本当に恋文とは限らないし。
ということで席を立ち、机の中の便箋に触れようとした瞬間、
その瞬間だった。
「やっほー、善ちゃん!!」
ピタリと俺は手と足の動きを止めた。大変に可愛らしい女の声に呼応して。
「…………」
いやいや、聞き違いだろう。いくら俺の名前が『神宮寺善慈』だからって、俺が『善ちゃん』と言われるような覚えはない、それも女子に。名前に『善』の文字が入っていることは特に珍しくない。変なところで自意識過剰になっちゃあイケナイね。
気を取り直し、手に触れる便箋をポケットに入れることにする。
だがしかし、俺の足は動かなかった。いや、動かせなかったと言うべきか。
なんせ、俺の腕が誰かによって抱きしめられたのだから。それも、柔らかな感触を存分に当てられつつ。
「とうぉぉぉぉおおおおわ!」
全身に鳥肌が立った、そんな感じの電流が身体に走る。
「えへへ、善ちゃんお久しぶり~。元気にしてた?」
その声の主は眩い笑顔で俺を捉えた。当然、身体は密着させつつ。
「え、……えっ、おっ…………ああ……んんんッ?」
「もうっ、動揺しすぎ。えいっ」
彼女は可愛らしい声をあげ、俺の額へとデコピンしてきたのだった。
「ちょ、オイ! とっ、とりあえず離れてくれ。周りが勘違いする、だからとりあえず……」
やべぇよ、周り見てるし。とにかく俺は抱き着き主に促す。
彼女は渋々と言った様子で一歩俺から離れ、
「……善ちゃん、だよね? ほら、覚えてる私のこと?」
ニコリと笑い、えらく弾んだ声でそう放った彼女。
「……あ、ああ……どうも…………」
そこに居たのは、こんな影で覆われた俺の周囲を光で覆い尽くしてしまわんばかりの
艶のある亜麻色のロング、テレビの中のアイドルと称しても十分に許されてしまうだろうルックス、女子の平均を超す身長、シマリのある身体つき。そしてすぐに目で追いかけたその大きなバスト(生々しい感触がまだ腕に残る)。文句の付けようのないスタイルをした彼女。
星ヶ丘はムッと眉をあげ、
「どうも、じゃないのっ。私たち、そんな距離置く関係じゃなかったよね?」
できれば『関係』という表現は用いてほしくない。強烈な登場シーンも併せ、周囲の人間はヒソヒソと怪しんでいる。
立っているのは色々としんどいので、手に持った便箋を机の中に隠しつつ俺は席へと腰掛けた。
「もっと普通に話し掛けてこいよ。てかよぉ、関係って言えるほどだったか?」
たしか小学校低学年の頃、何かの縁で近くなり、通学路が一緒だったのでよく共に下校していた。ただ、星ヶ丘が親の都合で県外に引っ越すことになったので、それ以来という訳だ。どうでもいいことではあるが、どうしてあの頃はああも異性とスラスラ話せたのだろうか? 時の流れというのは残酷である。筋力と一緒で、コミュ力も鍛えなければ落ちるらしい。
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