第8話 オネエとヘビードッグ(第三幕)

 ヘビードッグが目を覚ましたのは、試合が終わってから2時間後だった。


「どこだ、ここ……」


 見覚えのない部屋に見覚えのないベッド。辺りを見回しても誰もいなかった。どういう事だ。……確かスカーレットとの試合でルールを破り、彼を刺した。その後の記憶はない。自分は負けたのだと実感すると同時に、冷や汗が止まらなくなった。


(さくら……!!)


 冷静でいられなくなり、慌ててベッドを降りる。どうやらここは病院の一室らしい。服は着替えさせられており、荷物もまとめて置いてあった。

 一体誰がこんなことをしたのだろうか。考えてみたが浮かばない。それよりさくらの元に行かなければと、急いで部屋を出た。


「あれ? 目、覚めたんすね。よかった。ちょうど今、様子見に行こうと思ってたんすよ。……どうしたんすか? そんなに慌てて」


 部屋を出た直後、聞き覚えのある声に止められた。振り向くとやはり見覚えのある男が立っていた。


「キッ……ド……?」

「もうその名は捨てたっす。俺の名前は鬼怒川太一っす! これからよろしく。平野つくしさん」

「なんで俺の名前を……! というかここはどこだ! お前が俺を連れてきたのか!」

「正確には俺じゃないっすけど、まあ、俺たちっすね。つくしさん、さくらさんは大丈夫っす。安心してください」


 どうしてこの男が自分の名前を知ってるのか。それより、どうしてからさくらの名前が出る。つくしは混乱した。


「なんでさくらのこと……」

「廊下だと他の人の迷惑になるから場所を変えた方がいいっすね。着いてきてください!」


 鬼怒川にそう言われ、俺は隣の部屋に案内された。


「みなさーん! つくしさんが目を覚ましましたよー!」


 そう大きな声で話しながら部屋に入る鬼怒川の後を追うと、そこには、金の髪を結った長身で中性的な男性と、イ・バラキ県知事の秘書、そして、ベッドで眠るさくらの姿があった。


「さくら……っ!!」


 つくしはすぐにさくらの元に駆け寄った。よかった。無事だった。目が覚めてから生きた心地がしなかったつくしは、ようやく安堵する。


「勝手なことをしてごめんなさいね。でも、あなたも私を刺したのだからおあいこにしてくれないかしら」


 少し女性的な言い回しで、長身の男性が語りかけてきた。


「刺した? 俺が? え、どちら様……?」

「スカーレットよ。本名は赤間恵一。ベニさんって呼んでちょうだい」

「……え? スカ……? だって筋肉……」

「着痩せするのよ。私」

「えぇ……」

「俺も同じ反応したっす。考えちゃダメっすよつくしさん。ベニさんはそういう生き物っす」


 試合時と体格が違うスカーレットに困惑するつくしに、太一は同情した。


「でもなんで赤間さん……」

「ベニさんと呼んでちょうだい」

「……ベニさんが、何故さくらのことを知っているんでしょうか。それに、試合の後のことが全く分からないんですが、ここはどこです? さくらのいた病院とは違いますよね」

「太一に聞かなかったの?」

「え、俺っすか。いや、様子見に行ったら廊下につくしさんがいたんで、そのまま連れてきました」

「そう。わかったわ。順を追って説明しましょう」



 計画の始まりは、対戦相手の連絡があった昨日のことだった。

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