第7話 オネエとヘビードッグ(第二幕)

 試合開始の鐘が鳴り響く。始めに動いたのはヘビードッグだった。


「行きます」


 ヘビードッグは一瞬にして、スカーレットとの間合いを詰める。リーチの長い足からは鋭いローキックが、銃で撃たれた左腿を狙って何度も繰り出された。


『ヘビードッグの持ち味といえばその長い足から繰り広げられる蹴り技です! リーチの長いキックには注意が必要!』


 しかし蹴り技だけに気を取られてはならない。彼はキックボクシングで全国を制覇していた実力の持ち主だ。当然ながらパンチも力強く重い。ジャブで牽制しながら、隙があるとすかさず重い一撃が飛んでくるのだ。


「なかなかやるじゃない。私も本気でやらないとダメね」

「……ありがとうございます。でも、勝つのは俺です」


 スカーレットはキッド戦同様にヘビードッグのパンチを流そうとするも、彼のパンチは重く、少し軌道を変える程度にとどまる。無傷で勝つのは難しい試合になりそうだ。


『両者共に一歩も引かない! 殴打おうだの応酬が繰り広げられています!』


 ヘビードッグが一発パンチを出してはスカーレットが流しカウンターを狙う。そんな流れが続く中、足捌きはヘビードッグがスカーレットを上回っていた。確実なタイミングで鋭いローキック繰り出す。

 スカーレットは避けようとするもの、先程の乱闘が響き、攻撃が捌ききれず包帯の上に一撃を喰らってしまう。


「……ッ!! なかなか強いわね」

「……勝つためにやってるんで」

「勝ちに貪欲なところ、悪くないわ。うちに欲しいところね」

「褒め言葉としてもらっときます」


 ヘビードッグはひたすらスカーレットの左腿を狙いローキックを繰り返す。パンチとローキックの絶妙なタイミングに、スカーレットはリズムを狂わされ、何度もキックを喰らってしまった。

 ももの痛みに一瞬体が固まると、ヘビードッグはすかさず大きな攻撃を繰り出してくる。

 しかし、ヘビードッグの大きく振りかぶった腕は、スカーレットを捉えきれず宙を切った。スカーレットはその先を見逃さず、彼を遠くへ投げ飛ばす。


「かはっ……!!」


 ヘビードッグは地面にうずくまった。

 観客席では両県の知事が特別席にて並んで観覧している。そんな中で、二重丸が怒りを露わにしていた。


「何をしている! 真面目に闘わんか!」

「まあまあ、彼らもこの戦いを楽しんでいるようですし、我々は落ち着いて見守りましょう。そう怒らないで」

「……。それもそうですな。失礼、すっかり熱くなってしまった」


 イ・バラキ県知事に宥められ、二重丸も一旦は落ち着きを取り戻すふりをした。しかし、二重丸のイラつきが収まる様子はなかった。



 ヘビードッグは地面に体を強打しており、なかなか立ち上がれない。しかし、彼は負けるわけにはいかないと、痛む体に鞭を打ち立ち上がった。


「まだまだ、これ位じゃ俺には勝てませんよ」

「あら言うじゃない。強気な男は嫌いじゃないわ」

「……」


 スカーレットの褒め言葉も今のヘビードッグには、ただ煽られているようにしか感じられず、苛立ちを募らせる。ここで負けてたまるか。俺の戦いは俺のためじゃないんだ。妹の、さくらの命がかかっているんだ、と。

 再びスカーレットとの間合いに入り、ひたすらにパンチとローキックを繰り返す。


 スカーレットは、今までのローキックの蓄積からか、左脚に踏ん張りが効かず、バランスを崩してしまった。ヘビードッグも、もちろんそれを見逃さない。勝機が来たと、思い切り自身の足を振り上げた。蹴り上げると同時に砂煙りが舞い上がり、2人の姿が一瞬見えなくなる。


 ドンッ!!!


と重い音が会場に響いた。


『ヘビードッグ選手、渾身のハイキックがクリーンヒット!!! これにはスカーレット選手も立ち上がれないか! ……いや、スカーレット選手、すんでのところでヘビードッグ選手の足首を掴んでいます!! なんということでしょう!!』

『スカーレット選手、バランスを崩し自身がよろけた瞬間、次の攻撃を読んでいたのかもしれません。ものすごい洞察力の持ち主ですね』


 そして再び、掴まれた足首から体を振り回され、ヘビードッグは地面に飛ばされる。


「……ッ!」


 声にならない痛みが彼を襲った。

 このままでは負けてしまう。それではダメだ。今日負けてしまえば、自分に後はない。なんとしてでも勝たなくてはならない。

 ヘビードッグの頭には焦りが広がっていた。


「スカーレット!! あなたには悪いが、俺はさくらのために負けるわけにはいかないんだ!!」


 そうヘビードッグは叫ぶとスカーレットに向かって突進してきた。


 ぐさり。


 はスカーレットの脇腹に突き刺さり、なかなか抜けない。スカーレットはヘビードッグに倒れかかった。……まるでヘビードッグを抱きしめるように。


「大丈夫、あなたはもう、闘わなくていいのよ」


 耳元でそう呟くと、スカーレットは自身の脇腹を刺すナイフを抜き、ドレスの中に隠した。


「だから今は、少し休んでいなさい」


 スカーレットは右腕を振り上げ、ヘビードッグの左頬を思い切り叩いた。

 その反動に思わずヘビードッグは地面に倒れ、気を失ってしまった。


『勝者! スカーレット選手!!!』


 勝者を告げるアナウンスが会場に鳴り響く。観客はスカーレットの勝利に歓声を上げるのだった。


 

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