第9話 オネエとヘビードッグ(閉幕)


 計画の始まりは、試合の前日、赤間が太一からヘビードッグの黒い噂を聞いた時だった。


「……というわけで、元々ヘビードッグは礼儀正しい爽やかなプレイヤーだったみたいなんです。それがある日突然、勝つためならなんでもやっちゃう系プレイヤーになったみたいで。なんでも、フグオカ県知事の二重丸って人が、ヘビードッグを変えたんじゃないかって言われてるんすよ。あの爺さん、性格悪そうですし」

「へえ、少し調べてみてもいいかも知れないわね。せっかくうちで働いてもらうんですもの。不安材料は払拭しておきたいわ」

「あ、やっぱりスカウトするんっすね」


 赤間は矢田に連絡してこれまでのヘビードッグ戦と二重丸県知事についてを調べてもらった。すると、驚くことに、二重丸がヘビードッグを脅していたことが分かったのだ。しかもその材料が妹の命だという。加えて、二重丸は対戦相手の妨害行為も行なってきているらしい。勿論、試合外での妨害行為は禁止されている。よく、今までバレなかったものだ。

 それにしても、一体どこからそんな情報を掴んできたのか。矢田の情報収集能力には脱帽ものだった。太一が情報の収集源を聞いてみたのだが、「お伝えした情報は、確かなものですのでご安心を」と言われてかわされたみたいだ。


 もちろん、スカーレットへの妨害行為もあるだろうと踏んでいた。矢田になりすまして送られてきたメールもその一つだと分かっていたが、不正をおこなった確かな証拠を残すべく、赤間と太一はフグオカ港に出向いたのだ。



「まさか、銃で撃たれるとは思わなかったけどね。でも、お陰で証拠はバッチリ掴めたわ」

「俺はずっとハラハラしてましたよ。ほんとあの怪我で試合に出るっていうんだから、とんでもない人っす……」



 会場に着いた後も、何かがあってはいけないので太一を連れていた。試合が始まるまで二重丸の妨害がないとは言い切れなかったため、控室までは太一に護衛の役割を任せていたのだ。



 係の人間が呼びに来てからは別行動である。試合が始まる頃、太一は矢田が調べた情報を手に、さくらの入院する病院に足を運んだ。二重丸の兄である二重丸中吉の運営する病院にさくらは入院している。

 受付に院長を出すように伝え、院長室に赴く。弟である知事の不正を伝えた上でさくらの身柄を渡すように申し出た。


「弟の不正行為に手を貸していたとバラされたくなければ、今すぐさくらさんの身柄をこっちに引き渡してもらうっす」

「ちょっと持ってくれ。何のことだ」

「しらばっくれてもダメっす。こっちは証拠があるんすよ!」


 そう言って太一が出したのはスマートフォンの音声データだ。二重丸がつくしを呼び出し、勝てなければ妹に繋がれた管を外すと脅している場面。


「……何だこれは! 確かに弟の声だが、俺はこのことは知らされていない! むしろこんな発言、医療に携わる者として許してはおけない」


 なんと兄の中吉は、本当に小吉の不正を知らなかったのだ。さくらのことは、ただ、大事な人の妹だから手厚くみてあげてくれと伝えられただけらしい。


「弟は怒ると何をするか分からない所がある。この発言も、おそらく本当に妹さんを殺してしまうかもしれない。君の要求を飲もう。すぐに転院の手配をさせてもらうよ」


 そして、プリフェクチャーバトル運営の息のかかっている病院にさくらを転院させた。



 一方その頃、赤間はスカーレットとして試合に臨んでいた。試合の様子は皆の知るところだが、実はスカーレットの衣装は前回と1ヶ所だけ違う点がある。それがピアスであった。このピアスは特注で作ってもらったピアス型のイヤフォンである。さくらの転院が済み次第、いつ太一から連絡が来てもいいように用意していた。

 つまり、スカーレットは、さくらの安全が確保されるまで、試合の時間を長引かせるように闘っていたのだ。


 さくらの無事を太一から伝えられた時、スカーレットは一瞬だけ、気を緩めてしまった。その油断がヘビードッグからのナイフを受けてしまうことにつながってしまったのだった。それでも、もうヘビードッグを苦しめるものはなくなる。そう思うと脇腹の傷などどうということはなかった。


「あなたはもう、闘わなくていいのよ」



 ◇◇◇◇◇◇



「だからあんな事を言っていたんですね。すみません、俺、何も知らなくて……」

「いいのよ、その代わり、あなたにはうちで働いてもらうわね」

「え……」

「喫茶店とバーの店員っす! 健全な店なんで大丈夫っす。俺もいるので安心してください」


 一瞬、オネエの経営する店と言われ、つくしは変な想像をしたが、太一の一言に少し安心した。

 それでも突然、自分の元で働けという赤間に困惑した。ルールを破って己の腹を刺してきた相手に、一体何を言っているんだ。

 動揺を隠せないつくしの様子を見て、赤間は優しく微笑み、話を続ける。

 

「試合の後の事よ。簡単に言ったら勝利権限の使用ね。あなたを私に渡すように言ったの。勿論、これで、あなたはもうプレイヤーではなくなるわ。あなたを縛るものは何もなくなるのよ」

「……それで、知事はどうなったんですか?」

「ちょっと今までの行いが良くなかったからね。うちの知事に頼んで、集めた証拠を大会運営に提出してもらったわ。もう今の地位からは降りざるを得ないわね」

「そうですか……」


 つくしは涙が止まらなかった。もう、辛い思いをしながら闘わなくていいのだ。もう、妹の命を脅かす知事の存在はなくなったのだ。


「では、私は手続きがあるのでこれで失礼します」

「ありがと矢田ちゃん。色々助かったわ」

「いえ、仕事ですので」


 矢田は一礼すると、静かに病室を去っていった。矢田の背中を見送った後、赤間はつくしに向かって、今後のことを話し出した。


「それで、妹さんと一緒にイ・バラキに来てもらうんだけど、病院は私が紹介するわね」

「え……」

「うちの店はイ・バラキにあるんだから、来てもらわないと働けないじゃない」

「でも俺、妹の治療費を払わないといけないから、引っ越すための金もないです」

「それに関しても問題ないわ。貴方が今までもらっていたバトルの報奨金はね、ほんの一部だったのよ。二重丸があなたに渡さず自分のものにしていたの。今回、今まで横領した分をまとめて支払うよう上から指示されていたから、支払われていると思うわ」


 赤間に言われ、つくしは自分の口座を確認した。すると、とんでもない額のお金が振り込まれていたのだ。これなら治療費も問題ない。それどころか、10年は遊んで暮らせるだろう。


「あなたたちには感謝しても仕切れません。本当にありがとうございます。……分かりました。ベニさんのお店、俺にも手伝わせてください」

「もちろんよ。歓迎するわ」





 それからしばらくは、フグオカ県知事の突然の退任のニュースが世間を騒がせていた。二重丸が職員を脅し、パワハラを働いていた事を内部告発されたと報道されている。さらには、政治資金の着服の疑いをかけられた事になっていた。

 脅しとは、つくしに対して行った妹の命と引き換えに闘わせていた事である。資金の着服も、つくしに払われるはずだった報奨金のことを指していた。ただし、プリフェクチャーバトルに関わる事は隠されていたが。

 また、ニュースでは警察に取り調べを受けていると報道されていたが、実際は少し違う。プリフェクチャーバトルの運営委員会の息のかかった警察上部による取り調べである。そこで、今までの妨害行為や、ヘビードッグへの数々の不当な扱いが暴かれるだろう。


 スカーレットにヘビードッグを渡した事に加え、警察上部からつくし達兄妹に近づくことを感じられた事により、二重丸は二人の前に現れることはもうない。つくしは妹のため、自分のために再出発することができるようになった。


 ヘビードッグ戦から数日後、平野兄妹は病院の手続きを済ませ、誰にも告げずイ・バラキ県に引っ越して行った。


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