第5話 ヘビードッグという男

 ヘビードッグこと平野つくしは、歳の離れた妹のさくらと両親の4人家族だった。近所からも仲がいいと評判の家族だ。つくしは小学生になると、テレビで見た格闘技の試合に憧れて、近所のキックボクシングジムに入会した。彼には才能があったようでみるみるうちに強くなっていった。


「大きくなったらチャンピオンになって、チャンピオンベルトをもらうんだ!」

「そうか、それは楽しみだな」


 中学に上がる頃には県の大会を連覇するまでになっていた。家族も、試合で結果を残す度にお祝いをしてくれる。本当に幸せな家庭だった。……両親が事故で他界するまでは。

 不幸な交通事故だった。赤信号を無視した居眠り運転の車が横断歩道を渡る両親に突っ込んできたのだ。つくしが高校三年生、さくらが小学五年生に上がる頃のことだった。



 高校三年生になったつくしは、小学生の頃から続けてきたキックボクシングを辞め、生活費を稼ぐためにアルバイトを始めた。国からの援助があったものの、なるべく早く自立したかったのだ。周りからは、高校生になって全国制覇を成し遂げたのに勿体無いと惜しまれた。つくしは、その言葉達を聞かなかったことにした。

 高校を卒業してすぐ、土木の仕事についた。元々キックボクシングで鍛えていたこともあり、現場も苦ではなかった。親方が格闘技ファンということもあり、何かと可愛がってもらうことも多い。つくしにとって仕事現場は心休まる場でもあった。



 ある日、さくらと喧嘩をした。理由なんて今にして思えば些細なことだ。せっかく作った朝ごはんを残されただとか、最近さくらの帰りが遅いだとか。正直なところ八つ当たりだった。自分は汗水垂らして働いているのに、楽しそうに学園生活を送るさくらが羨ましかったのかもしれない。


 その日、さくらが倒れたと病院に運ばれた。


 知らせを受けたとき、つくしは頭が真っ白になった。医師によると、さくらは拡張型心筋症とのことだった。病状は重く、このままでは危ないとまで言われてしまった。つくしは絶望した。なぜ妹までも失わないといけないのだろうか。神様を心底呪った。



 そんなつくしに声をかけたのが、フグオカ県知事の二重丸小吉だった。さくらが運ばれた病院というのが二重丸小吉の兄、中吉ちゅうきちが運営する総合病院だった。小吉は、今の仕事ではさくらの治療費を払えないつくしに、プリフェクチャーバトルの参加を勧めてきたのだ。


「君は高校時代、キックボクシングで全国制覇をしたほどの実力の持ち主だろう。バトルで得た賞金を治療費にすればいい」


 つくしは藁にもすがる思いだったため、すぐこの提案にのった。

 こうして平野つくしはヘビードッグとして格闘技の世界に戻ることにしたのだ。



 しかしここからが問題だった。

 初めの頃は鍛えられた実力とセンスで、勝ち星を上げていたが、試合を重ねるごとにそれは難しくなっていった。勝って人気が出れば出るほど、その戦いぶりを研究され対策を講じられるからである。しかも、これは今までやってきた綺麗な格闘技ではない。勝つことだけが目的の何でもありのバトルである。綺麗な試合だけを見てきたつくしは、段々と戦いに勝つことができなくなっていった。



 ある時、つくしは二重丸に呼び出され、知事室に向かうと、そこには渋い顔をした二重丸の姿があった。


「最近のお前は見るに耐えん。なぜ勝てない」

「申し訳ありません」

「勝つためなら何をしてもいい。卑怯なことをしても構わん。なんとしてでも勝ち星を上げろ」

「しかし、ズルをして勝つなど……!」

「うるさい!! 妹が生きていられるのは誰のおかげだと思っておる」

「それは……」

「妹の管を外すのくらい簡単なのだぞ!」

「っ! ……分かりました」



 それからつくし、いや、ヘビードッグは得意なキックボクシングの裏で、卑怯とも言える手段を取る選手となっていった。今まで積み上げてきたつくしのプライドは崩れたが、さくらの命がかかっているのだと思うと、そうするしか他なかった。

 いつしか、ヘビードッグはプリフェクチャーバトルの嫌われ者ヒールとして、有名になっていったのだった。





「スカーレット!! あなたには悪いが、俺はさくらのために負けるわけにはいかないんだ!!」

 

 


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