第3話 オネエ、初陣(閉幕)

(くそっ! なんで当たらねえんだ!!)


 キッドは得意の攻撃をことごとくかわされ、苛立ちを覚えていた。


(コイツ、ふざけた見た目のくせに俺の攻撃を避けるだけじゃない。指輪に触れないよう腕を払ってきやがる)


『キッド選手、攻撃が止まらない!! 畳み掛けるように殴る!! 蹴る!! これにはスカーレット選手、手も足も出ません!!』


(ちがう! 俺は優位になど、ただの一瞬も立っていない。攻撃はかわされ、一発も決まっていないんだぞ。それに何だ、この人を見定めるようなこの目は)


 一歩踏み込みを間違えれば、いなされ体制を崩しかねない。今までの相手とは違う、目の前にいるこのオネエは只者ではないと感じるには十分だった。


「くそっ! 何なんだお前は!!」


 初めて見る未知の存在とは時に、恐怖の対象になり得る。まさにスカーレットは、キッドにとってその対象になっていた。


「私は、ただのオネエさんよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」


 キッドの攻撃が乱れ始めた。立て続けに技を出し続けて疲労が溜まってきたのだろう。キッドは最後の力を振り絞るように宙へ舞った。


「いくぞオネエ野郎!! これで決める!!」


鬼怒の舞キッドダンス!!!」


『出ましたー!! キッドダンス! キッド選手から繰り広げられる弾丸のようなパンチとしなやかなキックの連続技はまるで鬼の舞!! これはキッド選手試合を決めるのかー!?』


 上から落ちる重力を利用して力強いパンチとキックを繰り返す。今までの攻撃とは比べ物にならない速度に、観客も息を呑んだ。

 最後の一発に全力を込めて拳を突き出す。しかしその手はスカーレットに引き込まれてしまい、キッドは体勢を崩した。しまった、と思った瞬間、キッドは自身の左頬に脳が揺れるほどの衝撃を受けた。


「教えてあげるわ坊や、オネエと野郎を並べるなんてね、1番やってはいけない事なのよ」


 その言葉を最後に、キッドは地面に倒れた。



 ◇◇◇◇◇◇



 キッドこと、鬼怒川太一は数年前までトーチギ県内でも有名な暴走族の総長だった。喧嘩に明け暮れ、生傷の絶えない生活。彼のプレイヤーとしての強さはこの時から培われてきたものだろう。

 しかしある時、仲間内から裏切り者が出た。因縁のチームとの戦争を前に情報を流した奴がいたのだ。チームは敗れ、これをきっかけにチーム内で抗争が起きた。抗争後チームは解散。後に分かったことだが、抗争の発起人は、鬼怒川が1番信頼していた副総長だった。

 行く場所を無くした鬼怒川に声をかけたのが、現トーチギ県知事の宇都宮高志だった。


「君の名前はよく聞いているよ。なかなか街の人たちを困らせていたみたいじゃないか」

「うるせえ。てめえに関係ねえだろ」

「関係なくはないさ。君にお願いがあって僕はここまで来たんだよ。少し話をしないかい」



 そして鬼怒川は、プリフェクチャーバトルに出ることとなる。自分を拾ってくれた知事には感謝し、先生と慕っていた。だからこそ勝ってトーチギを優勝させる、それだけが鬼怒川太一ができる唯一の恩返しになるはずだった。



 ◇◇◇◇◇◇



 キッドが目を覚ましたのは医務室のベッドの上だった。


「あら、目を覚ましたわね」


 視線を横にずらすと、スラッとした長身の女性の姿があった。


「誰だ、てめえ?」

「あらやだ失礼ね。さっきまで一緒にバトルしてたじゃないの。スカーレットよ」


 さっきまで戦っていたのは筋肉質のオネエだ。だが目の前にいるのは華奢という言葉の似合う中性的な女性……いや男性である。しかしよく見てみると顔がそっくりだった。


「……え、は!? さっきまでの筋肉どこに行ったんだよ!!」

「私、着痩せするタイプなのよ」


 全くこのオネエは、どこまでもおかしな生き物だと思った。


「改めて自己紹介するわ。私の名前は赤間恵一。ベニさんと呼んでね。あなたの名前は?」

「鬼怒川太一」

「太一ね。これからよろしく太一」

「……どういうことだよ」

「勝利権限であなたを私のものにしたわ。これからあなたは私のために働くのよ」


 ぞくり。太一は背筋が凍るような感覚がした。これから何をさせられるのか、オネエの思考など見当がつかなかったからだ。


「……ルールで決められたことだ。従うよ。ただ、一瞬だけ時間をくれないか」

「構わないわよ。挨拶をしたい人もいるでしょうしね」

「礼を言う」



 太一はベッドから降りると、そのままトーチギ県知事の元に向かった。


「先生、今いいか」

「話は聞いたかな?」

「おう。俺の弱さのせいで、先生を頂点に連れて行けなくなっちまった。……悪かった」


 太一は頭を下げる。それを見た宇都宮は、深いため息の後、鬼怒川に語りかけた。


「頭を上げなさい。君が責任を感じることはない。君は強い。強くてとても優しい人間だ。私はね、君がこんな裏の世界ではなく、表の世界で未来を掴む機会ができたことを嬉しく思っているのですよ。彼の元でも、精一杯、頑張って」


「先生……。俺を拾ってくれて、ありがとうございました!!!」



 太一は大きな声でお礼を言った後、浮かぶ涙がこぼれぬよう、目に力を入れながら宇都宮のもとをあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る