第1話 オネエとプリフェクチャーバトル

 左江内と赤間の出会いから遡ること5年ほど前。

 赤間は昼は公務員、夜はオネエバーのキャスト「ベニ」として働いていた。



「へぇ、じゃあベニちゃんは、将来自分のお店を開くんだね」

「そうなのよ。あと少しで目標金額が貯まるから開店したらぜひ来てちょうだい」

「もちろん、ベニちゃんは美人だからね。きっとお店も人気が出るよ。僕も毎日通おうかな」

「あら、それはありがたいわ。待ってるわね」


 お得意様との接客中、店員の1人がベニの元に走ってきた。


「ベニさん! 5卓のお客様が揉め出して手を付けられません! 助けてください!」

「しょうがないわね。佐藤さんちょっと待っててくださいね。すぐ戻りますから」


 お得意様に一言断りを入れた後、助けを求めてきた店員に連れていかれるままに喧嘩の現場に向かう。ベニは、自分が思った以上に激しい喧嘩を繰り広げる客たちにため息が出た。


「お客様。店内での喧嘩は他のお客様がびっくりしてしまいますわ。お店の外でお願いいたします」

「うるせえ!! オネエは黙ってろ!」


 客の一人がベニに殴りかかった。……と思ったのも束の間、殴りかかったはずの客はベニの下でうずくまっている。


「……かはっ!」

「やだもうレディに向かってなんてことするのよ〜。」

「ふざっけんな!! クソ野郎……ッ!!」


 もう一人の客もベニに向かって突っ込んでくる。ベニからは死角からの攻撃だった。客は一発決まると思った寸前、振りかぶった腕は弾かれ自分の右頬に強い衝撃を感じた。何が起きたか分からないまま一瞬視界が白み、気づいた時には店の天井が見えた。


「いきなりなんて危ないじゃない。お仕置きのビンタよ。まだやるなら今日の分のお代をいただいた後、お店の外で私がアフターしてあげるわよ」

「……いらねえよそんなの」


 そう言って客たちは、飲み代を払った後すぐ、店を後にした。一部始終を傍観していた店内からはベニの見事な対応に歓声が上がった。


「いいぞー! ベニー!」

「お前が今日のナンバーワンだー!」


 その日の売り上げはいつもより少し多かったという。



「……面白い。彼女はいいプレイヤーになりそうだ」







 次の日、赤間はいつものようにスーツを着て職場である役所に向かう。紺色のシンプルなスーツは赤間の長身に映え、端正な顔立ちをより一層引き立たせる。道行く女性たちも思わず目がいってしまうほどだった。

 自分のデスクに到着し、就業時間までメールでも見ながら今日の予定を組もうかという時、部長に呼ばれた。


「赤間くん、知事がお呼びだよ。出社して間もないが今すぐに向かってくれないか」

「承知しました」


 一体何の用事だろうか。呼び出される心当たりなんて副業の事しかないが、今までバレたことは一度もない。何より店は役所からも遠い。まずバレないだろう。とはいえ、バーの事ではないようにと願いながら知事室に足を運んだ。



「失礼します。」


 部屋に入ると知事と秘書の女性が待っていた。


「赤間恵一くんだね。いや、ベニさんと呼んだ方がいいかな」


 赤間は絶望した。まさか副業がバレていたとは。あと少しで店の開業資金が貯まるところでクビになってしまうのか。


「何のことでしょうか」

「昨日の喧嘩の仲裁は見事だったよ。実は僕も場に居合わせてね」


 これはもう言い逃れはできないと赤間は悟った。


「副業が規則に反することは知っていました。覚悟もできています」

「いや、それを咎めるために呼んだんじゃないんだよ。あ、もちろん副業は禁止だからお店はやめてもらう事になるんだけどね。実は僕、昨日の君の喧嘩に魅せられてね。君にはプリフェクチャーバトルにおいて、我がイ・バラキ県のプレイヤーになってもらおうと思っているんだよ」

「プリ……え?」

「プリフェクチャーバトルという、47都道府県の威信を掛けた裏格闘大会があるんだよ。今年も大会が始まる時期になってね。プレイヤーを探していたんだよ」

「知事、それだけでは伝わりませんよ」


 知事が概要しか説明しなかったからなのか、秘書が詳細を教えてくれた。



 秘書曰く、プリフェクチャーバトル(略してプリバトというらしい)は各都道府県が立てた代理プレイヤーを闘わせる大会のことだ。ルールは簡単、先に相手を気絶させた方の勝ち。報酬として勝った方がひとつだけ負けた方に言うことを聞かせることができる。

 元々は戦国時代の合戦が由来になっており、県の領地や権利の奪い合いの際に行われてきた。今となっては優勝した県の知事が、大きな権力を握るらしい。

 闘いの内容は自由で武器を使うことも可能。ただし相手を殺してしまうのは厳禁だ。実弾銃や刀などは禁止である。それ以外なら何をしても構わない。


「細かいことは他にもありますが、それに関しては適宜必要な時に説明いたします」

「試合に出たとして、私に何のメリットがあるのでしょうか」

「報酬は弾もう。バーで働くよりも稼げるだろう」

「分かりました。でもその代わり条件があるわ」

「なんだね」

「今からあなたと私は対等な契約者よ。私はイケメンとしか闘いたくないわ。それに自分の店を開いてイケメンに囲まれながら働く夢があるの」

「ほお、して、何が望みなのかね」


「勝ったら闘ったイケメンを私にちょうだい!!」


「……いいだろう。安心したまえ、この大会は権力者たちにとって娯楽の面もあるからね。顔の整った人間しかいないよ。見る分には容姿が整った方が良いからね。闘った相手を渡すのも勝者の権利を使えば安いものさ。僕は君が優勝してくれればそれで満足だからね」

「なら交渉成立よ。あなたは権力のため、私は私の夢のために闘うことを誓うわ」


 赤間は知事から伸びた手を握り、契約の握手を交わした。


「早速だが明日、初戦が決まっているよ。場所と詳細は後で秘書の矢田くんから連絡するよ。プリバトは秘密主義が基本だからね。これからも連絡は試合の前日になるが、何かあったら矢田くんを通して僕に知らせてくれ」

「矢田です。よろしくお願いします」

「よろしく、矢田ちゃん」



 それから赤間は働いていたオネエバーを退店し、職場も便宜上秘書課に異動。そのあとは頃合いを見て辞職したことにされるらしい。

 かくして、赤間はイケメンハーレム生活のために、プリフェクチャーバトルのプレイヤーとして戦う人生を歩むことになった。

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