オネエが強くてハーレム生活
李都
第0話 オネエ、またの名を……
最悪の1日だった。
上司が会社の金を持って逃げ出した。会社は上司の行方を捜索したが見つからず、かなりの損害を出したらしい。しかもなぜか俺に白羽の矢が立った。理由は単純で、その上司が俺のことを可愛がっていたからだという。
会社は俺も横領の片棒を担いだのではないかと疑っていたのだ。もちろんそんなものに関与はしていない。しかし、俺を擁護してくれる人は誰も居なかった。
会社としても、俺の話を聞く気はなく、損害を取り返すことしか頭にないようだった。俺は会社から1,000万円の支払いを命じられた。一般的な会社員の俺はそんな金など持ち合わせていない。
最低限の生活費以外の金を毎月給料から引かれることになり、この度めでたく実質タダ働きの身となったわけだ。
この後のことはあまり覚えていない。とりあえず目の前の仕事を片付けようとパソコンの前に座ったものの、気づいたら時計は21時を指そうとしている。とにかく疲れた体を椅子から起こし、帰り支度をした。会社を出ると冷たい風が背中を軽く押した。
しばらく風に当たりたくて、駅まで遠回りする事にした。少し大通りから外れた道を歩く。道の先に目をやると、柔らかな光を放つ店が目に入った。まるで喫茶店のような外観をしているバーだった。
ちょうどお腹も空いたし、今日は週末だ。今日あったことも酒でひとまず忘れたくて、なけなしの金を片手に店の扉を開けることにした。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか」
綺麗な金髪を一つ結びにした店員がにこやかに声を掛けてきた。中性的な顔立ちで、綺麗という言葉が似合う人だ。スラックスに蝶ネクタイ、サスペンダーをつけていて、185cmはあるだろうか、まるでモデルのような男性だった。
「はい」
少し見回すと女性客が多いらしく、少し居づらさを感じる。
「カウンター席でもよろしいでしょうか」
店員は、俺の気まずさを読み取ったのか、カウンター席を薦めてくれた。
「大丈夫です」
「ありがとうございます。こちらのお席にどうぞ」
言われるがまま通された席に腰掛ける。店員はカウンターの中に入り改めて挨拶をしてきた。
「改めまして、当店へようこそいらっしゃいました。私、当店店主の赤間と申します。以後お見知り置きを。お客さま、ご注文はいかがなさいますか」
「じゃあ、この店で一番安い酒とつまみを」
「かしこまりました。少々お待ちください」
と言うと、器用な手つきで酒を作っていく。俺は手持ち無沙汰を誤魔化すために辺りを見回していた。落ち着いた内装の店内で、その中身もバーというよりも本当に喫茶店のようだった。
しかもここの店員、イケメンしか居なくないか。あっちを見てもそっちを見ても顔の整った男の店員だらけだった。そりゃ女性客も多いわけだ。
「落ち着いた店内ですね」
「ありがとうございます。実は当店、昼は喫茶店をやっておりまして。もし気に入ってくださったなら、お昼もお待ちしております」
なるほど、それならこの内装も納得できる。できる事なら昼間も来たいものだった。
「お待たせ致しました」
目の前には鮮やかなイエローのお酒が置かれた。
「こちらホワイトラムにライム、砂糖をシェイクした、明日への希望を表した一杯です。こちらのナッツを一緒にお楽しみください」
そっと口に含むと、ライムの爽やかさと甘さが口いっぱいに膨らんだ。瞬間、緊張の糸がほぐれたように涙が溢れ出し止まらなくなった。
「お客さまどうされました。大丈夫ですか」
案外、心に限界がきていたのかもしれない。今日あったことをマスターに話してしまった。
「––おかげで僕は週明けから実質タダ働きの身なんです」
「あらまあ、大変な思いをしてきたのねえ」
マスターの口調が変わったような気がしたが、俺は気にせず愚痴をこぼした。
「しかも最近彼女に振られて。付き合って4年ですよ。プロポーズの用意までしていたのに、他に男が出来たとか。人生どん底とはこの事かと思いましたよ」
するとマスターは舐め回すように俺のことを見回した。
「あなた、名前は?」
「左江内です。名前の通り僕は冴えないんです。一発逆転の何かなんてありませんかね。ははは」
なんて、自虐混じりにつぶやく。するとマスターの目つきが変わった。
「まあ、でもあなた顔はいいじゃない。少し垂れた目尻は笑顔が似合うし、綺麗に通った鼻筋は見事だわ。いいわ、合格よ。私があなたに人生逆転のヒントをあげる。ついてきなさい」
と、僕の腕を引っ張って店の裏に止めていた車に乗せたかと思うと、目隠しをされ、何処かに連れていかれた。
「もう外していいわよ」
と、目隠しを外すと、視線の先にはガラスで覆われた四角形のリングがあった。中では人間離れした身体能力を持つ男たちが闘っている。しかもかなりのイケメンたちだ。
「ここで行われているファイトが、あなたの人生を変えるわ。あなたはここで見ていなさい」
と一言だけ残してマスターは姿を消した。マスターは一体、俺をどうしようというのだろうか。
しばらくすると眺めていた試合が終わり、また新たな試合が始まる。会場は暗転し、観客からは歓声が沸き起こった。
「スカーレット!! スカーレット!!」
「チャンピオーン!!」
入場口と思われるところからは煙がブワーっと湧き上がり、1人の男がゆっくりと歩いてきた。
『無敗のチャンピオン、スカァァアアレットォォオオオ!!』
アナウンスの声に応えつつ、男はリングの中央に歩みを進めると、観客席に向かって優雅に且つ盛大に手を振る。揺れる金髪が照明に反射して光り輝いていた。煌びやかな真紅のドレスを身にまとい、膝下のフリルが揺れている。
そして、肩からチャンピオンベルトをかけていた彼の顔に、先ほどまで一緒にいた男の顔を思い浮かべた。
「ま、マスター? なのか?」
先ほどはスレンダーに見えたはずの体だったが、今は引き締まった筋肉が浮いて見える。まるで美術館の彫刻のようだ。あの細い体のどこにこんな筋肉があったというのだ。まるで見た目が違っていた。
「君がスカーレットが連れてきた子かい?」
声のする方に目を向けると、これまたイケメンの登場だ。
「君、ファイトを見るのは初めてだろう。彼はここ数年、無敗記録を更新し続ける無敵のチャンピオンだよ。……そうだ、僕と少し話しながら観ようか」
これは、マスターことスカーレットがこの世界のチャンピオンに君臨するまでの話である。
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