女子:ヴォイス②

 中学も三年生になれば女子はうんと大人になってクラスの男子が子供っぽく見える時期になってくる。

 そうなると女子同士で『大人』な話をすることが多くなる。『大人』な話っていうのは、別に政治とか社会問題とか、そんな難しい話じゃない。そんな話誰も興味ないし。

 私達がするのは恋愛の話。それから、ちょっぴりエッチな話も。

 大人になった私達にとってカレシが居るのは当たり前。今まで好きなアニメの話をしていた時間も、今はお互いのカレシの悩みを相談しあう時間になっている。私達が集まってそういう話をしていると、いつも机でコソコソ何かを書いてる人達に物凄い目で見られたりするんだけど、そんなに睨むなら自分も恋人くらいつくればいいのにと思う。

 でもどんなに嫌な顔をされたって気にしない。告白された時のシチュエーションとか、初キスはいつかとか、それぞれの武勇伝を持ち寄ってシュクハイを上げるのが大好き。その日の休み時間もそうだった。

「ええ!? うそうそ、いつ!?」

「……この前の休みで」

 近くの席でマキちゃんとショウコちゃんが二人で盛り上がってた。ショウコちゃんは恥ずかしそうに声を潜めている。

「なあに? なんの話?」私が声をかけたらマキちゃんが嬉しそうに教えてくれた。

「凄いよ。ショウコ、経験しちゃったんだって」

「経験?」

「は、つ、た、い、け、ん」

 唇の動きだけで伝えてくるマキちゃんの目は電球より輝いている。その顔だけでなんの話かは理解できた。

「え、本当? 凄い!」

「そんな……思ったより大変なことじゃなかったよ」

「ええ、なんかおっとなあ」アキちゃんがそう言って茶化した。

 困ったように笑うショウコちゃんが特別に見えて悔しい。思春期の女の子にとって恋愛関係で優位に立っておくことはとても大事。グループ内での順位がそれで決まるようなものだ。しかも初体験なんて、私達が一番気になる話題だ。周りで経験済の子は他に居ないし、皆が知らないことを知っているだけで特別感は格段に上がる。

 経験どころか、今のところカレシも居ない私は何も言えなかった。ショウコちゃんはラブラブみたいだし、アキちゃんはもうすくカレシになりそうな人が居る。このままだとこのグループでの私のポジションが危なくなりそうだ。ショウコちゃんに負けたくない。私も早く済ませたい。

 二人のやり取りに相槌を打っていたら休み時間が終わって、二人とも自分の席に帰って行った。先生が教壇に立って騒がしい男子に注意している。アホな男子が抵抗している間も、私はこの問題をどうしたらいいか、必死に考えていた。





 ゆんにいとのステージはとってもオシャレな感じで終わらせることができた。難しい英語の歌も練習より上手に歌えて、顔見知りのお客さん達が皆笑顔で褒めてくれた。それだけで学校での話題作りには充分だったけど、もう一つ意外なご褒美がついてきた。

 演奏が終わって戻ってきたゆんにいの様子がおかしいのにはすぐに気付いた。昔から一緒に居たし、ああ見えてゆんにいは顔に出やすいタイプだから。

 ステージから降りたゆんにいは鋭い目つきで今にも誰かと喧嘩しそうな顔しながらこっちに歩いて来た。

「ゆんにいお疲れ様」

「……ああ、うん」暑そうにジャケットを脱いで近くの椅子に座った。

 前かがみになって何度か頭を掻いている。こんなゆんにいは初めてだった。

「ねえ、私上手にできた?」

「え? ああ……良かったんじゃないの」

 少し脚を揺らして落ち着かなさそうにしている。いつも演奏終わりにぐったりしてるゆんにいじゃなかった。

「……ゆんにいどうしたの?」

「何が」

「怒ってる?」

「怒ってない」

「でもなんか怖いよ」

「怒ってないって。うっさいな黙れよ」

 靴のかかとで思いっきり床を鳴らした。その音にゆんにい自身がびっくりたみたいで、直ぐに顔を上げて私を見た。ゆっくり椅子から立ち上がると近づいて私の頭に手を置いてくれた。

「ごめん。なんでもない」そういって少し笑ってもゆんにいの目だけは全然笑ってない。ライオンみたいな目で私を食べ物として見てるみたいだった。

 その後も落ち着いてないみたいだったけど、話しかければいつもと同じだったし、さりげなく歩くスピードを合わせてくれる所も変わらなかった。

 怖いライオンさんは帰り道の間ずっと、隣を歩きながら私を食べようとしてた。

 だから、知らないふりしてゆんにいの家に上がり込んだ。ワザと隙を見せてちょっと無理矢理キスしたら、ゆんにいはあっさりほだされてくれた。こういうところがゆんにいらしい。

 ベッドに運ばれて色んな所を触られたし見られた。初めてだったからどんなものかと思ってたけど、こんな感じか、ていう感想で終わった。別に世界がひっくり返るようなこともなかったし噂に聞くほど怖いことでもなかった。それが、ゆんにいが上手だったお陰なのかは知らない。近くで見上げるゆんにいの肩幅は思ってたより広くて、終わってから暫くの間動けなかったことが新鮮な体験だった。

 次の日自分の家に帰った私は上機嫌だった。これで私もショウコちゃんと同じだ。今度からは皆の前で『経験者』として話すことが出来る。しかもうんと年上なお兄さんと。付き合ってない人とそんなことしちゃうなんて『大人な感じ』でちょっと危険な上級者の遊びみたいだ。絶対皆驚く。ショウコちゃんに先を越されてしまったけど、これで逆に私のほうがワンランク上になってしまったかも知れない。その相手がいつもの親戚の『ジャズピアニスト』だなんて、言わなきゃ誰も分からないんだし。

 次の週いつ話そうかと思っていたら、丁度いいイベントがやってきた。女子生徒だけ集められて、視聴覚室で妊娠や性について授業を受けた。帰りにそれぞれのカレシの話になった。ショウコちゃんは初めての相手の彼氏とまだ続いてて、アキちゃんは別の学校にカレシができた。今度バックを買って貰おうとしているらしい。

 私も二人に話たいことがあったけど、こういうのは自分から話題に出すと女の子らしくないと思われる。周りから訊かれるのを待って、「実は……」と始めるのが一番効果的。

 私の番を待っているといいアシストが入った。

「ミカちゃんは? 彼氏」ショウコちゃんが訊いてくれた。

「彼氏は居ないけど……実は」少しだけ間を置いて二人の注意を充分に引き付けた。

「え、なになに?」

「……私もしちゃった。ハツタイケン」

「ええ!?」二人の悲鳴が重なった。

「嘘、いついつ!?」アキちゃんが身を乗り出した。

「少し前……」

「でも彼氏居ないんだよね。その……誰と?」ショウコちゃんは遠慮がちだ。

「あのね。知り合いのお兄さんなの」内緒だよ、なんて雰囲気で語った。そうすれば、周りはもっと興味を持ってくれるのを知ってる。

「うっそ、どこで知り合ったの」

「親戚にピアノ弾くお兄さんが居るって言ったでしょ。その演奏を見に行った時お店で知り合って……そのまま」昨日のうちに考えておいた設定は自信作だ。二人は怪しむことなく信じてくれた。

「ええ! じゃあ初対面で!? やあるう。ミカ意外と行動派だったんだ」

「やだ、そんな。私だって自分で驚いてるんだから」

「で、どうどう? どんな感じだった?」アキちゃんはもう興味津々だ。

「どう、て。なんか変な感じ。そんな痛くもなかったかな」

「へえ」

「でも、終わった後は凄く体が重かった。暫く動けなかったし」

「そうなんだ」

「……ミカちゃん。あんまり危ないことはしないでね?」ショウコちゃんが心配そうに声を出した。

「大丈夫だよ? 優しい人だもん」

「そう。なら、いいけど」

「ショウコもミカも、もう経験しちゃったんだ。私もそろそろ考えたほうがいいかな……」

「焦ることないと思うよ? やっぱり、本当に好きな人とするのが一番だと思うし……」

 さりげない笑みを浮かべてアピールタイムは終了にした。これでショウコちゃんより、ちょっと危ないことをした私のほうが印象に残ったはず。ちょっと事実とは違うけど、問題ない。彼氏じゃない人としたのは本当だし。

 あれからゆんにいとは会ってない。どうしてるだろうか。

 もしかしたら私のこと好きになってるかも知れない。だってそうじゃなかったら、ちょっとキスされたくれいであんなことしないもん。そう思うと口の端が持ち上げるのを止められない。今度会いに行ってみよう。これから楽しくなるかも。

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