女子:ヴォイス①
物心ついた時には周りから良く見られることが大好きだった。パパやママから褒められると背筋から頭の先まで快感が広がるのを感じていた。もっと褒められるために大人が好きな行動はすぐに覚えた。遊んだおもちゃは自分で片付ける。大きな声で挨拶をする。宿題を忘れずにやる。そんな簡単なことでママは力いっぱい抱きしめてくれて、パパは沢山頭を撫でてくれた。頑張った分だけご褒美が貰える。なんて素敵。
小学校に行くと先生は皆の前で「皆も佐々木さんを見習いましょう」と沢山褒めてくれた。先生が褒めてくれるとクラスメイトも自然と私をお姫様みたいに扱ってくれた。席替えは私の隣が取り合いになったし、私が持っている物や着ている服は、スーパーで帰るような物でも皆が真似をしたがった。
高学年になると皆もう少し大人になって、大人から褒められるのは偉いこと、という風潮が薄れて行った。その代わり暗黙のルールが増えた。『他の子にはないもの』を持っているだけで人が集まって来たし、そういう特別な価値がある子は、少しくらい誰かにイジワルしても誰も文句を言わなかった。どんなに不公平でも仕方がない。だから私はより一層周りから一目置かれることに拘った。
ママの弟のゆんにいはカッコ良さはそこそこだけど、優しくてママみたいに細かいことで怒ったりもしない。一番いいのが『音大生』で『ジャズピアニスト』ってこと。『音大生』も『ジャズピアニスト』も聞いたことはあるけどちゃんと知らない言葉だからママに聞いたら「高いお金払ってずうっとピアノと向き合ってる迷惑な人達よ」て言ってた。ピアノなら学校の音楽室にもある。ゆんにいが音楽室でピアノの前に座っているのを想像したら、結構雰囲気が良かったからアリだと思った。
新しいゲームを持ってたり絵が上手な子は居ても『ジャズピアニスト』のお兄さんと知り合いの子なんて一人も居ない。クラスの女の子に話したら一気に黄色い声が上がった。クラスにジャスを習ってる子が誰も居ないのもラッキーだった。ジャズじゃないけど、ピアノ教室に通っている子がゆんにいの凄さを分かりやすく説明してくれて、その子のお陰で音楽を知らない男子達もゆんにいの魅力を分かってくれた。
ゆんにいの話をする時ママはいつも「美香はまともな仕事ににつきなさいね」て付け加えるけど、ゆんにいは充分立派だ。私の学校生活を快適にすることに協力してくれている。ゆんにいはちっとも知らないだろうけど。
今度私が小学校を卒業するのと同時にゆんにいは『音大生』じゃなくて、ちゃんとした『ピアニスト』になるって言ってた。他の人ができないことができちゃうゆんにいは、もっと褒められてもいいのに。ゆんにいがプロのジャズピアニストになるって言ったら、またクラスの皆が驚いてくれた。だからゆんにいは好き。これらも頑張ってくれなきゃ。
「今度、店で歌ってみる?」
そう言ってくれた時、本当はめちゃくちゃ嬉しかった。でもバレバレなのは恰好悪いし「ああ、ううん」とかなんとか言って少し誤魔化してみた。
「どっち」
「いいよ。いつものお店でしょ?」
ゆんにいがよく演奏しているバーには何回か行ったことがある。広すぎない店内に小さめの演奏スペースとカウンターとテーブル席が少し。どこにでもありそうなお店だけど、来るお客さんが感じのいい人達ばかりで居心地がいい。ゆんにいが演奏する時は私も遊びに行って眺めてる。小学生の時からピアノに向かうゆんにいは今でも私の自慢だ。
「人前で歌うんだぞ」テレビを見ていた私の前に温かいココアを出してくれた。
昔からゆんにいの実家に行くとこれが出してくれる。いつまでも子供じゃないからたまには苦いコーヒーとかも飲みたいけど、大人しくココアをすする。甘やかされるのは嫌いじゃないし。
「平気だよ? クラスの合唱でもお手本で歌ったりするもん」
「学校で歌うのとはまったく違うけどな……」
歌うのは好き。でもそれだけじゃない。人生を上手く過ごしていくには『美香は特別』と思わせたら勝ちなんだから。合唱コンクールだって本当は伴奏にチャレンジして大成功する予定だったけど、同じクラスの男子が音楽の先生から指名された。噂によるとその子の将来の夢はピアニストらしい。それでも急に代役を頼まれた時用に伴奏だって内緒で練習してた。自分を良く見せる努力なら惜しまない。
結果的にピアノを弾く機会はなかったけど、発表の本番で私がパートリーダーをできたから、歌だって周りに比べたら悪くないはず。
「ゆんにいがピアノ弾くの?」
「ジャズだけどな。分かるか、ジャズ」
「知らない」
「聞いたことある曲は」
「なんで美香が歌うの?」
「良く店に見に来るだろ。それで店長が、歌えるなら一緒に一曲やってみるかって……」
「私が出たら、ゆんにいは嬉しい?」
「別に」 ゆんにいの目が少し揺れた。
「じゃあやる。ゆんにいと一緒」
ふざけたふりしてゆんにいに抱きついた。
「はいはい。じゃ、店長にも言っとく」
簡単に私の腕を剥がすと傍にある本棚を眺めた。「美香、やりたい曲ある?」
「なあい。知らないんだもん」
「聞き覚えがある曲くらいあるだろ。ほら、これとか」
沢山並べられた冊子のなかから一冊抜き取った。英語で題名が書かれている・
「これ、何?」
「これなら聞いたことあると思う。五拍子で進行する曲」
そう言ってリビングに置かれたピアノの鍵盤を開けると、楽譜も見ないで演奏を始めた。確かにどこかで聞いた曲だ。聞かなくても次のメロディーが分かる。独特なリズムで進むこの曲をゆんにいと私で演奏しているところを想像するととってもオシャレな気がした。
「それがいい、それやる」
「歌詞英語だから覚えて。それに即興の部分が多い」
「英語分かんないけど歌えるの?」
「俺も教えるから。問題は即興のほうだな」
「いっぱい練習するから大丈夫」
「まあ、そうだな。頑張れ」 ピアノの手を止めて私の頭を撫でてくれた。
ママとパパとも違う手。ゆんにいに妹はいないし、きっとこんなことして貰えるのは世界で私だけ。ゆんにいを見上げて私は自然と顔が緩んだ。
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