第3話:落ちこぼれ小隊
戦闘機課程の定員は1期72人。2学年次前期課程の修了試験により席次が決定され、この席次は生涯変更されることはない。ベンガヴァルではこの席次に従い4人1組で小隊を編成し、全18小隊が3クラスに別れて養成を受けることになる。フレミング達ベンガヴァル42期の首席はベンガヴァル史上初の筆記試験満点合格者であり実技成績もA+の才媛と名高いイッセキであった。彼女の率いる第1小隊は別名トップ小隊とも呼ばれるが、これは各小隊に属する候補学生の席次の値を合計した場合、第1小隊の数値が最小になることから呼ばれる慣習である。ちなみにトップ小隊の偏差値を各小隊の席次合計値を元に計算すると70となるところ、フレミング達第18小隊の偏差値は30であるところからも、いかに第1小隊と第18小隊の間に成績差が存在するかが一目瞭然であろう。
第1小隊がトップ小隊と呼ばれる一方で、第18小隊のことを
「
と呼ぶのもまた
「
等と揶揄する向きもある。無論、候補学生には卒業と任官こそが予定されているべきであり少なくとも本人達にはそのつもりしかないのであるが、ベンガヴァルには留年という制度が無いため成績未達即退学であることも事実であり、少なくとも
第18小隊の4人はパルティル
「キルヒホッフ候補学生以下第18小隊4名、ただいま出頭いたしました」
「入れ」
室内から冷厳な響きを持つ女性の声が返ってくるのを確認した後、キルヒホッフがドアを開けて入室し、後にフレミング、ケプラー、ファーレンハイトの3名が続く。4名は横一列に並ぶと右手の指を揃えて真っすぐに伸ばし、掌を正面に向ける形で指先を額につける。パルティル校長が自席から立ち上り答礼を返すのを待って4人の候補学生も右手をおろす。彼女ら第18小隊4名にこれからどのような処罰が下されるのか。フレミングですら緊張した面持ちで直立不動している。
「貴官らは何故ここに呼ばれたか、承知しているな?」
「自分が
フレミングはパルティル校長の目を真っすぐに見据えながら、胸を張り、できるだけ大きな声で返答した。少なくともこの場で俯き加減に言い訳がましい小さな声で返答したり、あるいは小隊長たるキルヒホッフに返答を代弁させるくらいであれば、初めからあのような行為などしなければよいのだ、とフレミングは思う。「校長先生」ではなく「校長閣下」と付け加えたのも、自分は一人前のパイロットであるとの矜持の現れであったかもしれない。そんなフレミングの内面を理解したのか、パルティル校長は口元を少し和らげながら質問を継いだ。
「フレミング候補学生。それでは聞くが、貴官の行動のどこが出頭命令に当たる、と貴官は考える?」
想定外の質問に、フレミングは戸惑った。正直に言えば、フレミングは何も悪いことをしたとは考えていなかった。演習とは言え
フレミングはおやっさんとの会話も思い出しつつ自問を続ける。整備チームに余計な負担をかけるから? その通りではあるしそのことは一見正しいが、それが彼らの仕事であると言えば所詮それまでのことであろう。あるいは、おやっさんを始めとする整備チームのみんなに心配をかけるから? 確かにおやっさんとは以前「私は絶対に死なないから」と約束はしたが……
「申し訳ありません、校長閣下。自分には判り兼ねます」
フレミングの正直な返答に第18小隊の残る3人は思わず目をまるくしてフレミングに視線を移す。校長閣下からの詰問中に姿勢を乱すことなぞ本来はこれも処罰の対象になるところであろうが、パルティル校長の大きく柔らかな笑声は彼女らの態度を不問に付した。
「はっはっはっ、分からないか、フレミング。それならば、貴官らはどうか?」
突然の振りにケプラーが俯き、ファーレンハイトが視線を泳がせる中、キルヒホッフだけは整然とパルティル校長の目を見つめ返して返答した。
「申し訳ありません、校長閣下。小官にも判り兼ねます」
「そうか、キルヒホッフ小隊長にも分らぬか。それならば仕方あるまい」
パルティル校長の口調が柔和だったのもここまでだった。
「貴官らには罰として16/34滑走路の往復ダッシュを命ずる。少し走って頭を冷やしてこい。ダッシュ終了後の再出頭は不要。以降は原隊復帰を命ずる。以上」
「はっ、了解致しました」
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「で、何でうちらこんなに走らされてるのよ? まじ訳わかんないし」
ファーレンハイトが息を揚げながらぼやく。そもそも校長閣下から罰を与えられるような原因を作ったのはフレミングであって、ファーレンハイトには一切関係が無いのである。小隊連帯責任の原則は彼女も無論承知してはいるが、ファーレンハイトとしては、何故もっと上手く切り抜けられなかったのか、とフレミングを責めているのである。叱られるにしても、上手い叱られ様というのは確かにあるはずなのだから。
「そんなこと言ったって、この前はファーレンハイトちゃんのせいでみんなで走ったじゃない! それこそお互い様よ」
ケプラーが言う通り前回の滑走路ダッシュはファーレンハイトがその原因を作った。何でもファーレンハイトはいきなり「
「いやだって、あん時はうち何も悪いことしてないし~」
「まだ言うか?」
流石に今回は自分のせいであることを自覚しているからか、フレミングは声には出さず心の中で呟いた。
尤も、ファーレンハイトがぼやくのにも理由がある。この
ところで、校長室は第1滑走路ほぼ中央の南側に位置しており、第2滑走路は第1滑走路の北側にある2列の
ようやく16/34滑走路の北端にたどり着いた
「うちなんかもうバテバテのヤバめなのに、ケプラーはそんな重いもんつけて走るなんて、まじリスペクトするわ~」
「ホント、ケプラーのって、凄いよね~」
こちらもバテバテのフレミングが同意するのにケプラーが抗議する。
「もぅ、フレミングちゃんまで、やめてよね~そんな凄くなんてないんだから」
ケプラーの顔が真っ赤なのは、ダッシュのせいだけではあるまい。見かねたキルヒホッフが3人を窘める。
「3人とも、そんなこと言っているといつまで経ってもダッシュが終わりませんことよ」
「つっても、まじだりぃっしょ、こんなん」
ファーレンハイトの言葉に同意する3人ではあるが、とは言え走る以外の選択肢を持ち合わせず
「ねぇねぇ、今日の晩御飯は何かなぁ?」
というフレミングの呑気な問いかけに、「こういう時は楽しいことを考えた方がまだ気が楽だ」と各自各様の想像をしながら、ただひたすら足を動かす4人であった。
そんな彼女らのぼやきを知ってか、パルティル校長は校長室の北側にある窓から滑走路群を見下ろす。
「あんな
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