風紀委員長 蜂須賀翔吾 その①

 猿の手は3つの願いを叶えてくれるという。ならば、猫の手は何を叶えてくれるというのだろうか。

 僕、三野瀬大地は車に轢かれて放り投げられた猫の手を見てそう思った。これから訪れる騒動を思うと何かにすがらずにはいられない心境であったのだ。


 風紀委員が第二文芸部を潰すために動いているとの話を渡部先生から聞いた。これは風紀委員長、蜂須賀翔吾が動いていることを意味している。

 蜂須賀翔吾とは屋田野瀬中学の暴力の象徴の一人だ。自由奔放が売りの屋田野瀬中学にあって秩序を維持するのは容易なことではない。特に、教師ですら暴走しがちなこの学校においては生徒が自社的に風紀の取り締まりを行っている。

 秩序とは暴力の担保があって始めて維持できるものだ。これは世の常、屋田野瀬中学でも変わらない。故に、力を持った者が屋田野瀬中学の支配者となる。

 しかし、独裁者を許すほど屋田野瀬中学という箱庭は聞き分けの良い人間はさほど多くはない。むしろ、抑えられれば反発する人の方が多数派だ。

 屋田野瀬中学では、伝統的に複数人の強者が現れては微妙な均衡を維持している。今現在は、四人の名を上げることができる。一人目は、前生徒会長の藤原道隆。彼は何事においても天才であった。勉強や運動はもとより、喧嘩でもその才能は目覚ましい物があり、だからこそ無茶な政策を押し通すだけの力を有していた。もう一人は、現生徒会長の八木勇征。彼もまた傑物である。伝統空手部部長の彼は無敗伝説を持っている。寸止め、型稽古を重視する伝統空手にあって、彼は実際に当てることもできる危険人物でもあった。伝統空手で実際に当てる事が何を意味しているのか。それは急所への攻撃を躊躇なくできるということだ。彼に挑んだ無謀な者たちの末路は病院送りと相場は決まっている。三人目は、柔道部主将武田惣角。合気道の祖と同じ名を持つこの柔道家は、現在の屋田野瀬中学最強の男でもある。並の運動部員では触れることすらかなわない捌きのテクニック。そして、触れたら最後。彼はわずかに触れたその瞬間に相手を崩すことすらできた。曰く、相手の力を感じることさえできたのならばそれは相手を握っていることと相変わらない。武田惣角は、中学生にあるまじき境地にこの年齢で達していた。最後の一人は、風紀委員長の蜂須賀翔吾。部活動入部が強制の屋田野瀬中学にあって、唯一の部活に所属していない男である。彼は喧嘩屋であった。といっても、基本的に売られた喧嘩を買うだけで他に問題を起こすわけではない。しかし、その喧嘩の内容が問題であった。常に一撃。中段突きの一発で相手を昏倒させる彼の伝説は近隣の学校にまで轟いている。蜂須賀翔吾の伝説に挑む挑戦者は定期的に現れた。そして、その全てを一撃のもと倒している。この結果、他薦という形ではあるが彼は風紀委員長の座におさまった。風紀委員に逆らうと蜂須賀翔吾が現れる可能性がある。それだけで普通の生徒は従わざる負えなくなった。

 その風紀委員長が自ら動いているという話だ。嫌な予感しかしない。もしかしたらこの件をだしにして藤原道隆との因縁に決着をつけるつもりなのかもしれない。もしくは、誰が暗躍しているのか。その両方か。

 あふれる不安をなんとか抑えて僕は学校へと入っていった。

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