VS畑中唯 その③
私は舐るように三野瀬くんを見つめていた。渡部先生の車の後部座席へと座った三野瀬くんは居心地が悪そうだ。
彼は私の秘密を知っている。それを知っているのは、渡部先生と彼だけだ。だから、逃がすわけにはいかない。三枝さんには悪いけど私にも三野瀬くんが必要なのだ。
体がうずく。早く試してみたいものだ。
「三野瀬くん、小説の執筆の方は順調かね。」
「まあ、行き詰まってますよ。どうしたらいいものか。」
「そうか。それはよかった。そこからが楽しいのだよ。小説を書くのはね。」
渡部老師と三野瀬くんが話している。私はそこに加わることができなかった。いつもの私ならできただろう。しかし、今日の私はそれができない。まだそこまでの修練にたっしていないのだ。
渡部老師の家につくと車から降りて家へと上がった。老師の家は平屋の一軒家。小さな庭があり、一人暮らしには間取りは広すぎた。しかし、その空いたスペースには本が埋まっている。今日はその片付けをする。ということになっていた。そのはずだ。
渡部老師は三野瀬くんを庭へと案内した。たしか、前に彼と片付けをしたときにはここへ本を運び出したのだ。それをまとめて老師の車に載せる。自然な成り行きに思っていることだろう。
「それで話の続きだが、小説のどこで詰まっているのかね。」
「それが異世界の設定とかで悩んでまして。なかなかこうといった世界が思い浮かばず筆が止まっています。」
「たしか、アクションだったよね。それならいっそのこと実戦してみるのも良いのでは?」
私は先生の言葉を合図に深く息を吐いた。長く長く息を吐く。ゆっくりと三野瀬くんに気がつかれないように。
姿勢は無極。頭のつむじから糸で引っ張られたように背は軽く伸ばして脚は余裕をもたせて軽く曲げている。手はだらんと垂れさせる。丹田へと気を貯めるイメージで呼吸を続ける。
「もしかしなくても、畑中、おまえ図ったな!!」
「言ったでしょ。デートだって。」
私はその言葉を合図に劈拳を出した。劈拳とは、斧で相手を叩くように上か拳を振り下ろす拳のことだ。拳といっても開掌のときもある。私は軽く拳を開いている。
三野瀬くんの頬を叩くイメージだ。しかしそれは躱された。後ろへと下がっている。
私は同じ幅で前に出た。そして、残された拳を前へと突き出す。それは鑽拳と呼ばれる型だ。
「五行拳かよ!!」
三野瀬くんは大きく下がりそう叫んだ。
「そういうこと。初めて人に向けたけどなかなかいい感じじゃない?」
「クソジジイ!てめぇの仕込みか!」
「ほら、彼女は格闘小説が好きじゃないか。だからちょっと教えただけだよ。これで小説も深く読み込める。」
「三野瀬くん。渡部老師にしつれいでしょ!」
私は思わず叫んだ。中国拳法の師弟は家族に例えられる。故に、私は声を荒らげたのだ。
「渡部
三野瀬くんに空きができた。また劈拳を出した。今度も三野瀬くんは下がって躱した。しかし、今度は逃さない。鑽拳、横拳、崩拳、炮拳……。止まらぬ連撃で三野瀬くんを制している。
カンフーはこの連撃こそ最大の武器といって良い。拳を引かない。攻防一体の動きの連続で相手を圧倒するのだ。
三野瀬くんの顔を叩くたび、腹を突くのがとても楽しい。とても気持ちが良い。ボコボコに殴るたびに高揚してくる。その気持ちを乗せて次々に拳を放った。
鑽拳が空を切った。三野瀬くんの顔が降下する。気絶したのかと思って手を休めてしまった。
「あ~、だめだよ。気を抜いちゃ。」
渡部老師が呟いた。三野瀬くんが私の脚にしがみついている。
無様だわ。まったく誰が見ても愚かなその姿があなたには相応しい。私に許しを請うようにひざまずく姿に満足した。
しかし、彼はそこから力を入れて立ち上がってきた。狙いはこれだったのだ。私は持ち上げられて振り回された。
勝負はこれで決したも同然だった。
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