VS畑中唯 その②

 ある朝、目が覚めると巨大な毒虫になっているわけもなく普通に起きたわけだが、はっきりといって気乗りしない。

 渡部先生の家に行かねばならないのは億劫だ。そもそも本で埋もれたあの家に人が入れる隙間が存在するのだろうか。よくて一人分といったところだ。

 あの本の虫はそれこそ本を栄養にして生きているに違いなく、そうと考えなければ一教師の給料でここまでの本は収集できないはずだ。それほどまでに渡部先生の家には本に埋まっていた。

 そうは言っても畑中と約束した手前、出かけるしかない。憂鬱な気分で集合場所の駅へと向かった。


 駅へ着くと畑中が先に待っていた。

「おはよう。」

「ある朝、目が覚めると有名になっていた。そんな気分だわ。」

「どんな気分だよ。」

 思わずツッコんだ。まったくわけがわからない上に僕らが使うには若すぎる。

 『ある朝、目が覚めると有名になっていた。』は詩人バイロンが言った言葉らしい。売れない詩人であったバイロンは、ある日自らの詩集が売れたことをこう述べたのだ。つまり、続けていればいつか報われる、とかそういったたぐいの言葉である。

 僕は畑中との間合いをはかる。といっても実際の距離ではなく心理的なものだ。畑中はこちらの全体を眺めるように見つめていた。僕は、その意図を考える。

「それで、このまま渡部先生の家に行くのか?けっこう歩くはずだったよな。」

「それは大丈夫。先生が向かいに来るはずたから。」

「あのジジイを信用しているのか!?」

「あなたよりは信用できるよ。」

 馬鹿な。そこまで僕は信用されていなかったのか。気が乱れる。周りの気配の変化に気がつかなかった。

 ぽんぽん、と肩を叩かれた。虚を突かれて必要異常に驚いた。

「待たせてしまったようだね。それじゃ、行こうか。それとも何か食べてから行くかい?おごるよ。」

 背後にあらわれた渡部先生がそういった。僕は未だに虚を突かれた衝撃が残っており反応できない。

「いいえ。すぐに向かいましょう。遅くなってもなんですし。三野瀬くんもそれで良いよね。」

「あぁ、いいよ。それで。」

 僕はそう返事をするので精一杯であった。よくよく考えれば二対一の構図だ。僕は圧倒的不利な状況に置かれているこたに気がついた。だが、いまさら引き返すこともできない。仕方なく二人の後についていった。


 

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