畑中唯との関係 その③

 扉を開くとそこは目が眩むほどの快晴だった。そして、見渡す限りの平原が広がっている。気持ちのいいそよ風が吹いている。空を見渡せば一羽の翼龍が雲の間を飛んでいた。

 この世界のどこかに彼はいるのだろう。ぼくの『夏への扉』を盗んだあいつは目的もなくこの世界を彷徨っているのだろうか。それとも何か当てがあるのだろうか。検討はつかない。

 しかし、確かに彼はこの世界にやってきたのだ。たぶん新たな世界へと続く扉がどこかにあるのだろう。都合よく道案内でも現れないか、と周りを見渡してもなにもいない。仕方ないので道らしきものを辿って歩き出した。


 小説を書きなぐっている。一向に書き進めることは出来ていない。書かなければならないことは理解しているが、それをつなぐ話が書けないのだ。

 さて、どうしたものか。と考え込んでも先へ進まない。思い返せば、運命的な出会いなど自分にはこれまでなかった。

 畑中唯との出会いもまったく運命的なものではなかったのは既に語ったとおりだ。では、なぜ付き合うことになったのか、と言われれば成り行きだったと答えるほかない。なんやかんやで恋愛に興味があった自分と、その場のノリに流されたとしか思えない畑中との利害が一致し、付き合っているという既成事実が文芸部内で出来上がった。

 当時はどんな心待ちだったのかと思い出そうとしているのだが、よくわからない。結局のところ、僕たち二人は渡部先生によく呼び出されてはこき使われていただけのような気もする。

 例えばこうだ。図書室の整理に駆り出された。屋田野瀬中学では文芸部が図書委員を兼任するのが習わしとなっている。しかし、渡部先生の暴挙というべきこの活動に参加する先輩はいなかった。逃げ出していたのだ。

 もしくは新入生への洗礼かもしれなかったが、かなりの重労働であるこの仕事を畑中と僕だけでやることになった。

 仕事は主に三つに分けられた。1つ目が本の仕分け。古い本を処分または保管、もしくは近隣の図書館への寄贈するものに分けることだ。2つ目が渡部先生が持ち込んだ本の運搬。これがかなりの重労働である。なんと言っても軽トラ1台分に相当する本の山を三階にある図書室へと運ぶのだ。そして、最後の仕事が渡部先生への対応である。このジジイ、本の仕分けに乗じて色々と話しかけてくる。こちらが疲れていてもお構いなしだ。

「三野瀬くんは江國香織を読んでいたけど角田光代はどうだね。例えばこの本。『愛がなんだ』とかは映画化してるよ。」

 といった具合だ。当然、畑中もこの洗礼を受けることになった。僕らはこのやかましい渡部先生をどうにかやり過ごしながら図書委員の仕事をこなした。そこで共通意識が芽生えたのではないか、少なくとも僕はそうであったと考えている。

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