あらすじを書こう その②

 ぼくは不思議な部屋で暮らしている。その部屋は十一の扉があり、それぞれ別の世界へと繋がっている。

 ぼくはその部屋から出ることはせずに過ごしていた。誰とも関わらない平穏な日々に満足していた。しかし、彼が突然この部屋に来訪してきたのだ。

 彼は現実世界からこの部屋へと迷い込んだらしい。どうしても帰りたいという彼に向かって

「帰る方法については、ぼくは知らないよ。」

 と、そっけなく答えた。それを聞いた彼は目の前の扉を開き異世界へと旅立っていった。ぼくは彼についていった。


 大雑把なあらすじを書いて藤堂先生に見せた。まだまだ設定は練れていないのでこの程度だが。

「やはりマクガフィンが足りないな。三野瀬はマクガフィンって知っているか?」

「知りません。」

「いいか、よく聴け。そして、俺を敬え。マクガフィンとは、登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる作劇上の概念のこと。作中人物にとって重要でありドラマもそれをキーアイテムとして進行するが、物語の成立を目的とするならそれ自体が何であるかは重要ではなく代替可能ですらあるものを指す。」

「どういうことですか?」

「つまり、お前のあらすじだと物語が動かないってことだ。」

「なるほど?」

「具体的に言うとぼくが彼についていく理由がない。何でもいいからそれをつけたせ。」

 ぼくが彼に着いていく理由。なんだろうか。気にいったからか?しかしそれは説得力にかける気がしてきた。

「わかりません。」

「なら適当に物でも盗まれた、とかにすれば?」

 三枝が横からツッコんできた。

「それいいな。」

「そんなんでいいのかよ。」

「何でもいいんだよ。盗まれる物をでっちあげろ。そうすれば小説は書き始められる。」

 本当かよ。畑中との真面目な雰囲気を引きずって敬語を使ったのが馬鹿みたいだ。

「大地なら本でいいんじゃない?お気に入りの本が盗まれて追いかける。その光景が目に見えるよ。」

「何かな。それこそ『夏への扉』でいいかもな。」

「三野瀬、プロットやら設定なんて悩んでも一文字にもならんぞ。いいから早く書き始めろ。」

 藤堂先生の言うことにも一理ある。大まかな流れはできたので書き始めるか。


 ぼくの世界は一人っきりだった。話しかけられても無視を決め込む。そんなぼくにとって唯一の友は本であった。

 家に帰るとまっ先に本を読んだ。親に呼ばれることもない。かってに冷蔵庫をあさり残り物の夕食を食べて、食器を洗いもとへと戻す。そんな生活を繰り返しているうちに、ぼくは異世界へと迷い込んでしまった。

 そこは十一の扉がある部屋で、それぞれが異世界へと繫がっていた。ぼくはその部屋にとどまった。手元にはここへ来る前に持っていた『夏への扉』があるだけだ。

 ぼくは夏の扉を繰り返し読み耽った。それだけしかやることがなかったとも言える。そんな変わらない日々を過ごしていたある日、彼はやって来た。

 現実へと戻る手段はないのか、と尋ねられたがぼくは知らないとそっけなく答えた。後は、もしかしたらこの十一の扉の1つは現実へと繋がっているかも知れないよ、と言ったかも知れない。寝る前だったので記憶が曖昧だ。

 目を覚ますと彼はいなくなっていた。扉の1つが開けられたままだった。そして、『夏への扉』もなくなっていた。

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