設定を広げよう その③

「はい、ストップ。」

 畑中がぼくの執筆を止めた。小説を書き始めようとスマホをいじる指を机に置いた。

「ここで上げた設定をまとめます。とりあえず、上げていって。」

「異世界に通じる十一の扉。彼は夏に惹かれている。ぼくは異世界の管理者。ぼくは彼についていく。」

「まずは上げた設定で書かなければならないことを書き出して。」

 畑中の指示に素直に従うことにする。ぼくと彼の人物像。ぼくは引きこもりの傍観者。なら彼は?わからない。ノートのメモはここで止まった。

「登場人物と異世界の設定かな。」

「それだけ?」

「後は何があるの。」

「思いつかないならそれでいいけど。とりあえず、登場人物と世界観を深めていこう。」

 なるほど。小説の下準備はこうして行うのか。


 ぼくの世界は一人っきりだった。誰かが干渉してきても無視をきめこむ。親とは何も話さない。出された食事を口に入れ、腹にためる。それから空いた食器を流しへ運び洗う。

 ぼくは透明人間であった。少なくともぼくの認識している世界では。誰にも関わらず、そのうち誰もぼくを認識しなくなっていった。そして、本当に誰もいないこの部屋にやって来たのだ。十一の扉がある部屋の中で、ぼくは変わらず一人で過ごしていた。彼がこの部屋に訪れるまでは。


 思いついたままだらだらと書いてみた。目の前には畑中の顔がある。ぼくのスマホを覗き込んでいる。

「やめてください。恥ずかしい。」

「恥の多い人生を送ってきました、みたいな顔をしておいて今更恥ずかしがらないでよ。」

「これでもまだ中学生なんです〜。まだまだ恥は捨てていません。」

 なんか二月前を思い出す。付き合っていた当時はこんなやりとりをよくしていた。他愛もない会話がとても大切な時間だったと今は思う。

「まぁ、そんなことより何かってに書き始めてるのよ。設定を練ろうって言ったそばからそんなことされるわたしの気持ちも考えてよね。」

「いや、書ける時に書いてみようかと。」

「そんなやり方だと長編は書けないよ。」

「たかが十万字だろ?文庫一冊程度じゃん。」

「文庫一冊程度も書けないから泣きついて来たんじゃなくて、三野瀬さん。」

 痛いところをついて来る。

「わかったわかった。真面目に設定を考えるよ。とりあえず異世界について。」

「書き出してみてよ。」

「とりあえず、1つは現実世界。ぼくはそこからやって来た。次はコテコテのファンタジーがいいな。剣と魔法のファンタジー。次はSF。近未来かスチームパンク。後は古い時代の世界が面白そう。それは書きたい。」

「なるほどね。良いんじゃない。後は登場人物の設定ね。さっき書いてたのが主人公の設定としてもう一人は?」

「思い浮かばない……。書いてればそのうち浮かんでくるのを期待したい。」

「無理ね。わからないけど。」

「どっちだよ。」

 畑中と二人で盛り上がっていたら、図書準備室の扉が開いた。そこから意地悪そうな顔をした三枝と藤堂先生の顔が見切れていた。

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