設定を広げよう その②
図書室へ向う途中で畑中がついてきているのに気がついた。
「ちょっと待ちなさい。逃げるな、三野瀬。」
畑中が後ろで叫ぶ。逃げたくなるだろう、あの部室の雰囲気と渡部先生からは。
「逃げの何が悪い?この世にあるほとんどの問題は、逃げることで解決するじゃないか。逃げて先送りにしているうちに 、問題は問題じゃなくなってしまう。『今このとき』に解決しようと思うから、人は苦労するんだよ。」
「『花物語』ね。でも三野瀬くん。あなたから教えをこうてきたのでしょう?それぐらいの覚悟はしてきてほしかったわ。」
「嫌だね。それに渡部先生は何も怒っていなかったじゃないか。なら文芸部にとってはそれがすべてだろ?」
「相変わらずね。わたしはその渡部先生にあなたの面倒をみるように言われたのよ。まったくこっちの気持ちも考えてくれないかしら。二人とも。」
「善処するよ。」
畑中と喋っていたら図書室までついた。ぼくはドアを開けいつもの席へと腰掛けた。畑中は横ではなく対面に座る。ぼくはノートを机に広げて頭をひねる。何も浮かばない。
「結局、何を書くつもりなの?」
「アクション。」
「渡部先生は文学の方が良いって言ってたじゃない。」
「文学は向いていないとも言っていたぞ。」
「それならそれでいいんだけど、何か構想はあるの?」
「まったく思い浮かばない。」
本当にどうしたら良いのだろうか。
「それなら冒頭だけ書いてみるとかしてみたら?」
「なにそれ?」
「わたしがよくやるやり方。最初に思い浮かんだ冒頭だけ書いてそこから話を広げるの。」
「畑中、おまえって小説書いているんだな。知らなかったよ。」
「文芸部はみんな書いてるよ。あんた以外はね。」
真面目だ。流石天下の文芸部。今は畑中の助言通りやってみるか。
「そうはいっても何も思い浮かばないけど。」
「今の気持ちとかでいいんじゃない?ほらよく言うでしょ。書けない時は『書けない』ということを書けばいいんだよ。」
「なんだよ、その禅問答。」
それはそれとして、冒頭を書いてみるというのは知らなかった小説の書き方だ。少し頭をひねる。何か書けないかと絞り出す。
彼はドアの、少なくともどれかひとつが、夏に通じているという固い信念を持っていた。ぼくが十一ヵ所のドアをひとつずつ彼についてまわって、彼が納得するまでドアをあけておき、さらに次のドアを試みるという巡礼の旅を続けなければならないことを意味する。そしてひとつ失望の重なるごとに、彼はぼくの世界管理の不手際に嘆くのだ。
「『夏への扉』じゃん。」
「だめかな。」
「いや、ここから広げていけばいいでしょ。」
夏への扉。十一ヶ所のドア。異世界。とつらつらノートに書いた。
「その調子。まあこれだとファンタジーだね。」
彼とぼく。自分を投影。
「これならぼくが主人公かな。」
「まあ、好きにすればいいんじゃない?」
彼はどんな人物なのだろうか。異世界へと続く扉のある部屋へと迷い込んだ彼はぼくと出会う。思いつくままノートにメモる。
なんとか書き始めることは出来そうな気がしてきた。
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