設定を広げよう その①
放課後、僕は文芸部へと向かった。小説の書き方を教わるためだ。
懐かしの文芸部。紙のページを一枚一枚捲り語りあったあの日々は嫌いではなかった。文学を語りあった時間は何物にも変えられなかった、と思っていた。
「王もお妃もご機嫌麗しく、何より。いや、皆さま方も。」
「いや、本当に、きょうという日はよい日だ。グロスター、ついにわだかまりを捨てたのか。互いに果てしもなくいがみあう敵意と憎しみに、和合と親愛をもたらしたのだ。」
「それはありがたきお心づかい。同様、ここに御列席の方々のうち、万一、根も葉もない噂や、見当ちがいの邪推から、この身を敵と見なしている方がおいでなら、いや、自分ではそれと気づかず、いつ、どなたに、堪えがたい侮辱を与えているかもしれぬ、とすれば、このさい、その寛大な友情にあまえて、すべてを水に流していただきたい。」
『リチャード三世』の一節を挨拶にかえた。それに反応する渡部先生も相変わらずだ。ただし、他の部員は呆気に取られている。
「小説の書き方を教えてもらえると言う話は本当ですか?渡辺先生。」
「求られるのならばお教えしますよ。わたしは教師ですから。」
「先生、それよりも何で三野瀬がここにいるんですか?」
まあ当然の反応だ。喧嘩別れの形でこの部を離れたのだ。それをさも当たり前に受け入れる渡部先生の対応は他の生徒は面白くないだろう。
「彼もれっきとした文芸部員です。そうですよね、畑中部長。」
「渡部先生がそうおっしゃるのならそうなのでしょうね。」
さて、どうしたものか。ここでまた文芸部と喧嘩するつもりはない。一刻も早く執筆に取り掛かりたいのだ。
「世に無知に優る暗闇はない。わたしは、その無知蒙昧の闇の中に迷っている。かの、三日間、エジプト全土を押し包んだ闇さながらの暗黒のうちを。」
シェイクスピアを引用して煙に巻いた。ただ面倒だな、これ。
「明けない夜はない。そもそも三野瀬くん。物語の構想はどこまで出来ているのですか?」
「ほぼ何も。」
「藤堂先生から聞いていますが、アクションを書くつもりなのですか?」
「一応は。」
「まずはそこから考え直しなさい。初めて小説を書くのでしょう。ならば、書けると思う物語を思い浮かべなさい。」
「それが何も思いつかないのです。あの時と同じです。」
「藤堂先生はきみに文学は書けないと言ったそうですね。同感です。きみに文学は難しいでしょう。三野瀬くん。きみはここにいる生徒の中で誰よりも本を読んでいるのかもしれません。しかし、その読み込みは浅いのです。それは国語のテストにも表れているでしょう?自覚していますか。天の光はすべて星、と言いますがきみは星に目を奪われすぎています。星が輝いてみえるためには闇がいります。その闇もまた夜空なのです。むしろ、夜の深淵にこそ文学があります。ですから、逆にきみが文学を書くべきだと思います。」
「相変わらず曖昧で抽象的ですね。今、わたしが欲しいのは具体的で明解な指針です。」
「何も思いつかないのならば、自分の事を書きなさい。自分の事ならわかるでしょう?」
「具体的な小説の書き方を、どうか。」
「プロットを書く。プロットを分解すると三つに分けられる。設定。あらすじ。重要事項。これら三つを具体的につめることで小説を書いていく指針とします。」
ここまでは知っている。それが書けないのだ。
「一番簡単な方法を教えましょう。自分の事を書くのです。設定はそれで大筋できるでしょう。そこから物語を想像するのです。」
簡単に言ってくれる。
「三野瀬くん。きみに足りないのは自分を知ることだよ。自分を知らないということは読書家にとって余りにも勿体ない。なにはともあれ、きみが小説を書くのことは私も嬉しい。がんばってくれ。」
それを聞いてぼくは文芸部の部屋から出ていった。久しぶりに第二文芸部では無く図書室に篭もろうか、と思った。
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