執筆準備

自分を知ろう その①

「小説を書くとして、先ずは何から始めればいいんですか。藤堂先生。」

 三枝が言った。乗り気だ。巻き込まれた。三枝は昔から面白そうな事には首をつっこんでは途中で投げ出す悪癖がある。それにいつもつきあわされているのが僕なのだ。

「知らねえよ。小説なんて書いたことすらない。」

「おい!国語教師が!仕事しろ!」

 思わず声に出た。藤堂葵、それは屋田野瀬中学で一番やる気の無い教師である。

「授業じゃないから仕事じゃないです〜。」

「駄目教師かよ。第二文芸部の顧問だろうが!アドバイスぐらいよこせ!」

「大地。仕方ないよ。藤堂だし。」

「そうだな。部室に私物を持ちこむダメ教師に期待して悪かった。怒鳴ってごめん、藤堂。」

「おい待て。何だその態度は。仮にも教師と生徒の関係だぞ。敬意をはらいなさい。」

「自分の胸に聞いてみて下さい。藤堂先生。」

「同上。」

「お前ら。わかった。わかったから真面目に小説の書き方を教えてやる。少し待っていろ。」

 藤堂先生はそう言ってスマホをいじりだした。スマホで調べるのかよ、こいつはどうやって教師になれたんだ?

「あ~、そうだな、よく聞け。まずはお前らが好きなジャンルを上げてみろ。好きな本やアニメ、映画でも良いぞ。」

「恋愛漫画。」

 三枝がしれっと当然という顔で言う。

「三枝、この場で見栄を張っても惨めなだけだよ。」

「三枝さん。教師として言わせてもらいますが、この場で嘘をついても後で辛いだけです。」

「ここで真面目モードかよ、藤堂!大地もなんなのその言い草。」

「いや、三枝がいつも読んでいるのってエロ漫画じゃん。藤堂先生の私物のやつ。」

 三枝と藤堂先生が僕から顔を背ける。いやまて。今更だろうが。

「エロ漫画だって恋愛漫画ですーー。何も嘘は言ってませーーーん。」

 開き直りやがった。

「わかったわかった。とりあえず三枝は恋愛な。三野瀬はどんなジャンルが好きなんだ?」

「文学。」

「待てやこの野郎。自分の吐いた言葉を忘れたとは言わせねえぞ。」

「三野瀬……。嘘を付くにも付き方ってものがあるんだぞ。」

「嘘じゃねえよ!ラノベも文学じゃねえか!」

「ラノベっていうかさ。あんたが読んでるの十八禁じゃん?私のことよくもまあ言えたよね。」

「お前がいつも読んでいるのは俺の本だぞ。それが何かは俺が一番わかっている。」

「文学って官能小説の事ではなかったのか?ほら、三島由紀夫の『春の雪』、大江健三郎の『性的人間』、谷崎潤一郎の『痴人の愛』。全部エロいじゃん。むしろ濡れ場しか見どころないじゃん。」

「あんたが文学も読んでいた事はわかったよ。」

「お前に文学は無理だ。あきらめろ。」

 なぜ、ここまで言われなきゃならいのか。俺が間違っているのだろうか。そんな馬鹿な。僕はこいつらよりだいぶマシな人間のはずだ。

「三野瀬、文学以外で何かないのか?別に小説でなくてもいいんだぞ?」

「あえて言えば、格闘漫画かな。」

「三野瀬はアクションな。とりあえず、二人の好きなジャンルはわかった。次はこれを深堀していく。」





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