第19話 白い空間
そっと目を開けると、要は真っ白な空間に一人立っていた。どこまでも白が広がっていて足元に床があるのかもよくわからない。
「ここは……?」
ゆっくりと辺りを見回す。そこでまたアリスの言葉を思い出した。
『あたしと精神が同調した者じゃないと、こっちの世界には召喚できないの』
もしかすると、今の自分はアリスの精神と同調した状態ということなのだろうか。もしそうなら、この白い空間は彼女の心の中なのかもしれない、要は直感的にそう思った。
先程のリトゥスの話やアリスの様子から察するに、アリスは小さい頃、心にとても大きく深い傷を負ったのだろう。まだ彼女が要には話していなかった何か。そしてそれをリトゥスによってまたさらに深く抉られたのだ。
「七年前……?」
ふと、要は何かを思い出したように呟く。
確かリトゥスは、七年前にアリスが事故を起こし、その時にイフリートから分離して自我を持ったのだと言った。つまり、リトゥスは人間で言うとまだ七歳ということになる。最初にリトゥスに会った時に感じた違和感は、きっとこれだ。ようやく腑に落ちた。だから人を傷つけることも平気でできるのだろう。そう、自分の小さな頃と同じだったように。
リトゥスに対してふつふつと怒りが沸いてくるが、今はそれどころではない。もし本当にアリスの精神と同調していて、ここが彼女の心の中だとしたらどこかにその核、つまりアリス本人がいるのかもしれない。無意識に自分を呼んだのではないか、きっと助けを求めている、とそう思った。それならば、絶対に助けなければならない。いや、要自身が彼女を助けたいと強く思っているのだ。
「とにかくアリスを探さないと……!」
早速アリスを探そうと、要はふわふわと浮いているような感覚で歩き出す。しばらく歩いてみるが、周りは白いだけで目印なんてあるはずもない。前に進んでいるのかすらわからない状態だ。
「一体どこに行けば……」
いくら探しても見つからず、途方に暮れそうになった時だった。背後で微かに女の子の泣き声が聞こえた気がして、振り返った。
「あれは……?」
遠くに何か、人影のようなものが見える。
この白い空間の中において、自分以外に白くないものはきっと何かの手掛かりになる。唯一の手掛かりを逃すわけにはいかない。そう考えた要は急いでそちらへと向かった。
※※※
そこでは小さな女の子が膝を抱えて泣きじゃくっていた。
(これは小さい頃のアリス……?)
髪の毛はこの子の方が長いが、銀から赤にかけてのグラデーションはアリスのそれと同じものだ。
「どうしたの?」
要は女の子の正面に回り、しゃがみ込むと優しく声を掛ける。
「……が、みんな、を……っ」
女の子はしゃくり上げながら小さな声で懸命に答えてくれるが、所々が聞き取れないせいで内容がいまいちよく分からない。少し思案して、その子の頭をそっと撫でると少しだけ泣き止み、顔を上げた。不思議そうな表情で要をまっすぐに見ている。
「おれは要。君の名前は?」
「っ、アリシア……」
大きなルビーの瞳に涙を浮かべた女の子が、小さな声を紡いで名前を教えてくれた。やはりアリスだった。
「アリシアちゃんは、どうして泣いてるの?」
顔を覗き込むようにして視線を合わせると、
「……あ、たしの、せいで……みんな、しん、じゃった……っ! だか、ら……みんな、あたしの、こと……っ、おこっ、てる……っ」
それだけ言うとまた泣き出してしまう。どうやらこの小さいアリスは事件が起こった後のことを話しているらしい。
「別に君が悪いことをしたわけじゃない。事故だったんだから。それにちゃんと謝れば皆許してくれるよ」
「……そんな、ことない……っ! みんな、ゆるしてなんて、くれない……っ」
泣きながら頭を振るアリス。そんな彼女の小さな身体を要はぎゅっと抱きしめる。ずっとこんなに辛い思いを抱えてきたのかと胸が痛くなった。前にラウルが言った通り、アリスも沢山苦しんできたのだ。
「大丈夫だよ、おれも一緒に謝ってあげる。それでも許してもらえなかったら、その時は一緒に許してもらえる方法を考えよう? ラウルだってきっと一緒に考えてくれるよ」
「……いっしょ、に……?」
要の腕の中でアリスが首を傾げる。
「そう、一緒に。おれやラウルが一緒にいるから、もう一人で泣かなくてもいいんだ。だから帰ってこい! ――――アリシア!」
そう叫んで両腕に力を込める。
「……うん」
アリスは小さく頷くと全身の力を抜き、そのまま要に身体を預けた。
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