第18話 炎の指揮者の過去
「――――アリス! ラウル!」
そこにいたのは身体と両足をロープで巻かれ、床に転がされた寝間着姿のエドガーだった。少しやつれて見えるが、声を聞く限り元気そうな様子に要たちは胸を撫で下ろす。あとはエドガーを助け出すだけだ。
「陛下!」
ラウルがエドガーに向かって駆け出そうとした、その時だった。
「ダメだよ」
リトゥスが指をパチン、と鳴らす。するとエドガーの上空に大きな炎が出現した。炎はあっという間に形を変えてエドガーを囲う檻になる。これは見たことがあるものだ、と要が思った時だった。
「――あれは、フレイムプリズン! どうしてあたし以外に炎を使える奴がいるの!? 今イフリートと契約してるのはあたしだけのはずよ!」
アリスが目を見開いて大声を上げる。困惑した様子だった。
「さて、どうしてだろうね」
さも愉快そうに笑うリトゥスをアリスが睨む。
「あんた、どうやってイフリートと契約したの!?」
彼女の言葉には怒りも滲んでいるようだった。
「僕は契約なんてしてないさ」
「じゃあどうして……!」
「僕はイフリートの一部だからね。精霊は死ぬことはない。つまり僕が死ぬこともないってことさ。わかるかな、【炎の指揮者】さん?」
「一体どういうことなの……? イフリートの一部……?」
まだ困惑しているアリスは頭を抱える。その様は完全に思考回路が混乱しているように見えた。そんな彼女を前にどうすべきかと要が逡巡していると、リトゥスがまた話し出す。
「じゃあ、少し昔話でもしようか。――今から七年ほど昔、ある村に小さな女の子が住んでいました。その女の子はとても頭のいい子で、術師としての素質も持っていました。ある夜、女の子は精霊と契約をしようとしました。しかしまだ幼く、精霊の力を制御しきれなかった女の子は火事を起こして住んでいた村を丸ごと焼いてしまいました。そして生き残ったのはその女の子一人――」
「――――やめて!」
リトゥスの話を遮ったアリスの声が広間に響く。要には、それがまるで悲痛な叫びにも聞こえた。
「……アリス?」
突然のことに驚いた要が不思議そうにアリスを見やると、両手で耳を覆いうつむいた彼女の姿があった。
「どうしたの?」
アリスの右肩にそっと触れると、小さく震えていた。
「アリス!」
思わず両肩を掴んで顔を覗き込む。きめの細かい白い肌が今では蒼白になっていた。一体どうしたというのだろうか。
「何で……? ラウル!」
要は顔を上げると、慌ててラウルの方を向く。ラウルもまた神妙な面持ちでアリスを見ていた。その間もアリスはずっと震え続けている。
「今の話はおそらく……」
ラウルが眉根を寄せ、唇を噛む。
「そう、君の隣にいる【炎の指揮者】アリシアの過去。そして僕はその時制御しきれなかったイフリートと偶然分離して自我を持ったもの」
「アリスの過去……?」
要が信じられないといった表情で呟いた。
「違う! あたしじゃない! あたしじゃ……!」
耳を覆い、目をきつく閉じたアリスは必死に頭を振る。
「だから、アリシアは僕の母親みたいなものなんだ」
「あたしはあんたなんて知らない! あたしは、何もしてない……っ」
突然アリスの膝から力が抜けて、そのまま崩れ落ちる。要に抱きとめられると、その場にゆっくりと座り込んだ。どうやら意識を失ったらしい。しかし呼吸がすごく浅い上に、だんだんと弱くなっているような気がする。
『いつか本当に大事なものを失うわよ』
要は不意にアリスの言葉を思い出した。
最初からリトゥスと戦う覚悟でいればこんな展開にはならなかったかもしれない。不甲斐ない自分のせいで、このままアリスは死んでしまうかもしれない。そう思った瞬間、一気に血の気が引いた。今自分にできることは何かないのだろうか。
「アリス! しっかりして! ――――アリスっ!」
思わずそう叫んでアリスの身体を強く抱きしめると、プツリと意識の途切れる感覚が要を襲う。この感覚には覚えがあった。この世界に呼ばれた時と同じ、まるで電話の回線が繋がった時のような感覚だった。
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