第17話 リトゥス
「早くエドガーを返しなさい!」
尊大な態度の青年に向かって大股で近づきながら、開口一番アリスが怒鳴りつけた。しかしそんなアリスの態度も意に介さず、青年は続ける。
「思ったより早くてびっくりしたよ。ちゃんと【救国の主】を連れてきたんだろうね。誰がそうなの?」
ラウルと年齢は近そうだが、話し方は全然違う。落ち着いた話し方をするラウルに対して、目の前にいる青年はもっと砕けた話し方というか、所々幼い印象を受ける。それぞれの性格と言ってしまえばそれまでだが、要は何となく違和感を覚えた。
「おれだ! それより王様は無事なんだろうな!」
今度は要が青年に向かって大声を上げる。その後ろではラウルが無言のまま、ずっと青年を睨んでいた。
「もちろん無事だよ」
要は笑みを浮かべた青年の言葉にほっとした。そして今度は静かな声音で問う。
「……あのさ、どんな事情があるのか知らないけど、まずはちゃんと話し合わないか?」
「あんた、まだそんな甘いこと言ってるの!?」
今度は要の方に向かってアリスが怒鳴る。
「アリスだって、最初は話し合いをするって言ってたじゃないか」
「それは、確かに言ったけど……」
うつむくと、アリスは口ごもる。要は改めて青年に向き直った。
「おれは一条要だ。あんたの名前は?」
「なかなか面白い【救国の主】だね。僕はリトゥスだよ。よろしくね、カナメ君」
そう言うと、リトゥスはにっこりと笑って見せる。
「ほら、やっぱり――――」
これならちゃんと話し合いができそうじゃないか、そう安堵しそうになった時だった。
「――――でも、話し合いには応じない」
一変したリトゥスの冷たい声に、要は一瞬自分の耳を疑った。
「何で……!?」
「どうせ、カナメは渡さない、でも王様は返せとか言うんでしょ? そんなの僕にとっては何の利益にもならないし、僕の目的は達成できないじゃないか」
リトゥスの言うことはもっともだった。
確かにそれだとリトゥスには全く利益がないことになるし、こちらばかりに利益があるのでは交渉にはならない。しかし要はある言葉が引っ掛かった。
「目的……?」
そのまま口にすると、
「こういう奴はだいたい世界征服だとか大それたことを言うのよ!」
アリスがリトゥスを睨みつけた。
「さすが、よくわかったね」
可笑しそうにくすくすと笑いながら、リトゥスは手を叩く。
「そうだよ、僕はこの世界のすべてが欲しいんだ! そしてまず手始めにこのカルマンを手に入れた!」
そう言って立ち上がったリトゥスは、両手を大きく広げてみせた。羽織っていた深紅のマントが翻(ひるがえ)る。そこでようやくラウルが口を開いた。
「つまり次はレイナード、いやクランダール大陸ということか。そして陛下も返すつもりはない、と……!」
これまでの柔らかい口調が厳しいものに変わっている。それだけ、ラウルも王様や国のことを大事に思っているということなのだろう。
だが、王様を返すつもりがないとは一体どういうことなのか。【救国の主】と交換ではなかったのだろうか。
「ご名答。いや、皆なかなか賢いね。――約一名を除いて」
リトゥスは困惑している要を見た。
「君はまだよくわかってないようだね。いいよ、じゃあわかりやすく説明してあげる。僕が世界を手に入れるためには、いつか君が邪魔になる。【救国の主】である君がレイナード王国を救うってことは、逆に言えば僕はそれを手に入れられなかったってことだからね。だから君を殺すためにレイナードの王様を誘拐して、君を連れてくるように指示した。僕には君を召喚する方法がわからなかったからね。そして君を殺したあとは王様もそこにいる二人も殺す。これでレイナードは僕のものになる!」
「……おれを、殺す……?」
思いもしなかった言葉に、呆然と突っ立ったままの要が呟いた。実感はまったく沸いてこないが、なぜか涙が溢れそうになる。そこにアリスの声が響いた。
「ペラペラとよく喋るのね」
リトゥスに向かって呆れたようにそう言うと要を見た。
「こんな奴の言うことなんて聞いてないで、あんたもしっかりしなさい!」
「それに、おれだけじゃなく皆も殺すって……!」
まだ呆然としたままの要。リトゥスを見つめる瞳からは光が消え、アリスの声も聞こえていないようだった。
「カナメ……!」
ラウルも心配そうに見ていた。
「――しっかりしなさいっ!」
そんな要の顔をアリスが平手で思い切り叩く。次の瞬間、要は頬の痛みと共に意識がはっきりしてきた。徐々にだが瞳に光が戻ってくる。
「……あ、おれ……」
叩かれた左頬に手を当てる。
「少しはましになったようね」
上から目線の言葉とは反対に、アリスは安心したような表情を見せる。そこでまたリトゥスが話し出した。
「ふーん、【救国の主】とは言ってもやっぱり死ぬのは怖いんだ」
「……そんなの誰だって当たり前だ。あんただってそうだろう?」
「残念だけど、僕は『死』とは無縁の存在なんだ」
「どういうことだ……?」
怪訝な顔をした要を無視して、リトゥスは思い出したように手をひとつ打つ。
「そうだ、そろそろ王様と感動のご対面なんてのはどうだい? 最期に会わせてあげるよ」
そう言うと要たちに背を向ける。
いつ要たちが攻撃に転じるかもわからない状態でのこの行動はリトゥスの余裕だったのだろう。そう、いつでも反撃ができるし、自分の力の方が上だという余裕だ。
そのまま玉座の後方へと向かうと、そこに掛かっている豪華なカーテンを大袈裟な仕草で開けてみせた。
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